”世界”の法則7
リルはマオのいた場所から目を離せず身を固くしていた。するとルーディが再びリルの頭に手をのせた。
「よく頑張ったね」
そう言って頭をなぜられるとふっと肩の力が抜けるのを感じた。リルは自分よりだいぶ高い位置にあるルーディの顔を見上げた。
目の前にいる人物はどこをどう見てもルーディだ。けれど目の前で柔らかく微笑むルーディは自分の記憶にあるルーディと重ならない。
ルーディがリルの頭をこんなふうに撫ぜることはない。リルの知るルーディは社交的な性格だがこんなふうに気安く触れてる人ではない。それをするのはキーラだ。
過去ルーディたちと過ごした時間は実質2ヶ月にも満たなかったのでほかにどこが違うかと言われると困るがこの人はルーディではないことは確かだ。
マオとの仲間ではないようだし、ビルズが代理としてよこしたので同じく王の密命を受けたものかとも思ったがどうにも違うように感じる。
目の前にいるのは一体誰なのか。
「あなたは誰ですか?」
リルは不思議に思いながらまっすぐルーディに問いかけた。それに対してちょっと驚いたように少し眉を上げて直ぐに人好きのする笑みを浮かべた。
「察しのとおり俺はルーディ・オルスじゃない。前世はルーディ・オルスだったけど今はもう転生して別人として生きている。名前は佐々倉レオ。利保の旦那だ。写真は見せてもらたけど面と向かってははじめましてかな」
その言葉にリルは固まった。
今何といっただろうかと思いながら目の前の少年の言葉を頭の中で反芻した。この人は確かに利保の旦那といった。
そう言ってどこかいたずらっぽく微笑まれて、目を見開いた。まさか一応身内と呼べる範囲に同類がいるとは思わなかった。
意外に世界は狭いんだろうかと現実逃避してみる。
そんなリルの様子になにか勘違いしたらしくルーディは「あれ?もしかして名前も知らない?」とちょっと困ったような顔をする。
表情にあまりでないのはこういう時に誤解を生むが、それどころではないリルはしばし沈黙したのち必死に頭をフル回転させて口を開いた。
「おっ」
「お?」
「叔母さまの・・・小学校の頃の愛読書はなんですか?」
リルは静かにそう尋ねた。唐突に繰り出された質問にルーディは瞬きを繰り返したあと、直ぐにその意図を察して少し考える素振りをしながら返答してきた。
「うーんこれって愛読書っていうのかな?とりあえず漫画だったら『仮面の貴婦人』っていう少女漫画が小学校の頃からのお気に入りらしいけど。なんでもそれに出てくるシャルロット叔母さまが好きで中学の時に自作の同人誌作ったらしい。題名は『シャルロット伝記』。シャルロットの出生から晩年が事細かに書かれた原作もビックリな妄想の詰まった一冊。仲間内で楽しむためのものなので非売品だそうだ。ついでに言うとペットを飼うたびに必ず名前はシャルロットで、代々シャルロット1世、2世と続いてる。ちなみに今いるのは4匹目らしいが数字が良くないから飛ばして5世だ。どんだけ好きなんだろうね。これで証明になるかな?」
そう言って少し困ったように笑うルーディもといレオの言葉を聞いてリルは肩の力が抜けて大きく息を吐いた。改めて自分の叔母のキャラクターが濃いことを認識した瞬間である。
「叔母さまに近しい人なのは確かなようですね」
「あれ、まだ信用できない?いっそのこと利保との馴れ初めでも語るべきかな?」
「あっすみません。もう十分で。初めましてレオさん。叔母さまがお世話になってます」
なまじ疑り深い性格なのを自覚していたので、動転していつもなら心の内でとどめておく言葉が口からこぼれてしまった。
リル自身ほぼ疑う余地はないと思っているのでその発言はふさわしくなかった。
とりあえず馴れ初めは勘弁してもらおうと遮って挨拶をした。
レオは気にした様子はなく「いえいえ、こちらこそ」と言って面白そうにリルを見ている。
「いや、こんなわけわからん状況なら疑うのは当然だよね。俺の時なんてもう大パニックだったから柚姫ちゃんがだいぶ冷静でいてくれてよかったよ」
ホッと息を吐くレオの発言にリルは目を見開く。するとレオは眉尻を下げてあははと笑った。
「俺も君と似たような状況に陥ったことがある。ただし今はもう違けど」
「さっき言っていた世界と縁を切ったという話と関係があるんでしょうか?」
「よく覚えていたね。縁を切るっていうのは前世と今世を明確に区切るってこと。それをしたから俺はヒイル・エアリアとマオベリスタににとって完全な異物として認識されて、現世の肉体から勝手に呼び出されることがなくなったんだよ。今は緊急事態につき無理やり割り込んでるんだ」
「・・・私もその縁を切ればここに呼ばれることがなくなるですか?」
リルは少しためらいがちレオにそう問いかける。レオはそれに苦笑を浮かべた。
「縁を切りたくない?」
気遣うようにそう問われてリルはなんと答えていいかわからなかった。けれどレオはそれ以上追求せず話を進めた。
「とりあえず俺の知っている情報を君に教えるから答えを出すのはそれからでんじゃないかな。ただしさっき言ったとおりこの体には無理やり割り込んでいるに過ぎないんで魔法も使えない上、行動出来る範囲も狭いし時間も少ない。ここにいられるのは数時間くらいらしい。中途半端で申し訳ないね」
「いいえ!話してもらえるだけでありがたいです!これ以上何も知らずにふり回され続けるのは嫌なんです!」
申し訳なさそうに眉を下げて謝るレオにリルは大きくかぶりを振ってそう訴えた。ビルズたちを非難するようで少し気が引けたがそれはリルの紛れもない本心だ。
それにレオはほっとしたように笑う。
「そう言ってもらえると助かるよ。出来うる限りにフォローはするから。とりあえずマオ博士にはここで話したこと筒抜けだから話せるところに移動しようか」
「え、どこにですか?」
昨日行ったビルズの屋敷が思い浮かんだが、話を聞いた感じレオはビルズの仲間というわけではなさそうである。リルがそう思ってレオを見ると安心させるようにぽんと頭を叩いてニンマリ笑うと視線を扉に移す。
「ということで、ビルズさーん!ジェミクスさんに扉をつなげてもらってもいいですかー?」
レオは自分が通ってきた扉の向こうにかどこか弾んだ調子で語りかけると少し間を置いてジェミクスの声が帰ってくる。
『さ、「先ほどの約束をお忘れなく。くれぐれも失礼の無いようにお願いします」だそうです。す、すみません。少し待っていてください』
その返答にレオは満足そうに笑いリルは首をかしげる。レオの立ち位置がどうにもよくわからない。
再び扉の魔力の粒子が集まる。そのさなかレオは先に扉の前に立ちこちらを振り向いた。
「今から行く場所について一個だけ注意点があるんだ。この世界はどこでもそうだけど、この扉を超えたむこうはここよりももっと過去の記録に近いところなんだ。だいぶ面倒な場所でね。とりあえず良いというまでは俺以外に自発的に話しかけたり接触したりしないように気をつけて欲しい。できるかい?」
どういうことかよくわからなかった。
けれど真剣に念を押すようにそう言われリルは少し気圧されながらもしっかりと頷いた。
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
リルの返事を聞いてレオも頷き表情を緩めた。
「じゃ、行こうか!」
そう言ってレオは先に扉の向こうに消えた。
リルは扉の前に来て一度足を止めた。今一度レオの忠告を頭の中で反芻しリルもひとつ深呼吸した。そして覚悟を決めて扉の向こうへと足を踏み出した。




