"世界"の法則6
リルは目を覚ました直後その状況に少し戸惑いを覚えた。
見慣れた天井は、リルの予想に反し高い。そこは柚姫の部屋でなくリルの部屋だった。
これまでの経験から眠れば現実に戻るという認識がリルの中にあった。けれど今回はその例に漏れて、目を覚ましたときリルはリルのままだった。思わぬ打撃を受けたリルだったが何か考えるよりも先に魔力のゆらぎを感じぎくりとそちらに目を向けた。
「良く眠れましたか?」
開け放たれたままの窓のそばで淡く微笑むマオの姿にリルは身が固くなるのを感じた。息を吸い損なったように喉がひゅっと鳴る。
昨日ダイランにあれだけ盛大に邪魔されてこんなに直ぐに来るとは思わなかった。
リルは勢いよく飛び起きて身構えた。なぜかひどく体が重い。足がふらついた。それを見てマオは少し眉をよせた。
「驚かせてしまってすみません。その様子だともう催眠魔法にはお気づきのようですね。そのままでは辛いかと思ったのでその魔法を少しいじりに来ました」
唐突にそんなことを言われリルは声無く驚いてマオを訝しげに見つめた。するとそんな様子にマオが少し悲しげに微笑む。
「あなたを苦しめるつもりはないんですよ」
催眠魔法かけて来た人間のなんとも信用ならない言葉である。リルは警戒しながらジリジリと後ろに後退する。
けれどマオは前方に手をかざし、その指を鳴らした瞬間リルの体から何かが抜けるのを感じた。
「調子はいかがですか?」
マオがこちらを窺う。リルは驚きながら瞬きを繰り返す。確かに体の調子は良くなった。というよりはマオから感じていた威圧感がなくなり体が軽くなった。拍子抜けしているとそれを見てマオが小さく笑う。
「催眠魔法は相手が魔法の支配下に置かれていることを自覚してしまえばその効果はほとんどなくなるというのが定説ですが、僕の魔法は少し違うんです。自覚しても自分より魔力が低ければ半永久的に干渉下に置くことができます。ただいまあなたは自覚したことによって僕の魔力を感知して拒絶反応を起こしていたので魔法を上書きしておきました。もう苦しくはないでしょう?」
そう説明して再度問いかけるマオにリルは静かに頷いた。それを見てマオもいくらか満足そうに「良かったです」と頷いた。
マオの中に魔法を解くという選択肢はないらしく、リルからしてはよかったと思える現状ではなかった。
そしてそのすべての元凶はマオにあるのでなんだか釈然としないが怒る気にもなれなかった。それよりも得体の知れない不気味さを感じ酷く心地が悪かった。できるのであれば逃げたい。
そんなリルの様子も気にせずマオはリルの方を見た。
「僕が今日でここに来たのは昨日までとは別件です。ひとつは今済みました。もう一つはあなたにはあまり関係のないものです。ですから今日は連れて行く気はありません。身構えなくてもいいですよ」
今までの所業を考えてそれをどう信用しろというのだろうかと再びリルはマオを睨む。だが、マオは苦笑を浮かべただけでさらに話を進めた。視線の先はリルではない。マオは誰もいないとじた扉の方を見た。
「ビルズ。どうせそこで見ているのでしょう?どうですひとつ話をしませんか?」
そう問いかけたマオに驚きつつリルも扉の方を見た。しばしの沈黙後、思わぬところから声が聞こえた。
『あ、ええとっ、すみません。「どうせ拒否権はないのでしょう。代理をよこします。しばしお待ちなさい」とビルズ隊長からです』
拍子抜けしそうなおどおどとしたその声。ジェミクスである。そしてその声はリルの頭の中に響いていた。
そういえばジェミクスに使われた魔法を解いてもらっていなかったことを思い出す。それと同時にこの魔法を介してリルを監視していたことに気がついた。
この魔法にかけられたのは昨日の昼だ。マオと邂逅した最初の2回にはまだかけられていなかった。
ビルズたちが何も介入してこなかった理由が今判明した。気づいてしまった今となってはどうでもいい情報だ。
その声はマオには聞こえないもののはずだが、マオは「かまいませんよ」と返答した。
リルの頭の中ことは筒抜けなのは今更だが、ビルズ側もそれを察してか、リルに伝えてとは言わない。
伝言板のような扱いにだいぶ不愉快なったが、いまさら彼らに何を言っても無駄な気がして口をつぐむことにした。
そうしているうちに扉に魔力の粒子が集まりだす。そして次に開いたとき扉が開いたときそこにいた人物にリルは目を見開き言葉を失った。
長身に丸めがねの少年が扉をくぐって一歩前に足を踏み出す。
「ビルズ隊長の代理できた。一応ここではルーディ・オルスと呼ばれてる。”初めまして”マオ・アーベンズ博士」
そういった顔見知りはいつもと違う硬い表情でそこに立つ。
リルの驚きをよそにその視線はまっすぐマオに向けられていた。
空気が酷く固くなり魔力の粒子がピリピリと肌に指す。互いに視線をぶつけ合う少年たちの表情は冷たくリルはその場に息を飲む。長い沈黙の後に最初に口を開いたのはマオだった。
「まさか君が来るは思いませんでした。いささか驚きました。ですが”久しぶり”でなく“はじめまして”ですか」
マオの雰囲気が突然変わる。少し目を細め探るようにそう言ったマオに対して、ルーディはただ肩をすくめてマオを見た。
「そう”初めまして”だよ。俺はもうこことは縁を切ったんでね。だから俺もまさかまたこの世界に来るとは思わなかったよ。でもそうは言ってられない状況みたいだからちょっと無理に介入させてもらった。それで?世界を揺るがす大事件を起こしたマオ博士は、リルを使って何をする気なの?」
リルの記憶とは少しばかり違う軽快な口調でルーディがそう言ってマオを静かに睨む。それを受けてマオはどこか困ったように、けれどそれでも少し楽しげに微笑んだ。
「確かに僕はマオ博士の一部ですがマオ博士ではありませんよ。僕は博士が望んだものを具現化するための魔法です。それよりも君はビルズの仲間というよりはあいつの仲間でしょう?どうしてビルズの使いとしてきたのですか?」
穏やかに、まるで旧知の友が訪ねてきたかのような口ぶりでマオは尋ねる。最後の質問に答える気はないようだ。そんなマオの様子に少しトゲのある様子でルーディは笑う。
「この子を心配してあれこれ頑張っている奴のお使いだよ。あんたたちは自分本位すぎる。事情があるにしても本人を蔑ろにするやり方は嫌いだね」
ルーディは意味深な発言をしながらリルの頭をぽんと叩く。その仕草や口ぶりが年上のようで不思議な感じがしたが不快ではなかった。むしろ安心するものだった。
ただ、やはり疑問だらけの会話に戸惑うのは当然であった。
またふたりはどういう関係なのか。そしてマオの言うあいつやルーディのいう奴とは誰なのか。
リルの頭に疑問が駆け巡る中、マオがしばし沈黙したあと静かにため息のようなものをはく。
「あいつも君も頑固ですね。僕の委ねておけば元通り幸せに暮らせるのに何が不満なのか、僕には理解できません。まぁ、それも僕が人でなく魔法だからと言ってしまえばそれまでの話ですが」
「マオ博士が望んでお前をつくったのなら、お前の意志はマオ博士の意志は同じだ。他人の意志より自分の意志を優先させた身勝手な人間だ。それは変わらない事実だ」
ルーディはそう突きつけるとマオは肩をすくめた。
「相変わらず手厳しいね、と。ああ、君はもうこちらと縁を切っているというならその言い方はおかしいですね。君は厳しい人だ。でもなんと言われようと僕のやることは変わりませんよ。このマオベリスタが生まれた瞬間から定められた絶対事項です」
「辞める気はないと?」
「ええ、もちろんです」
そう言って再び視線を合わせたまま沈黙した二人の鬼気迫る様子にリルは口を挟むことはできずにいると真央が不意にこちらの方に視線を向けた。
それをルーディが少し体をずらしリルをかばうようにたった。それを気にしない様子で少し弾んだ楽しげな声が聞こえた。
「もうすぐですよ、リル。催眠魔法は少し失敗しましたが結果はきっと変わらない。あなたはきっと僕の手を取りますよ。では、儀式の日にまた会いましょう」
そう言ってマオは魔力の粒子に包まれ消えていく。
ルーディの後ろからわずかに見えたマオの顔に浮かんでいたのは酷く優しく同時に背筋が凍るような微笑みだった。
相変わらず振り回されててるのに蚊帳の外っぷりが酷い主人公にやっと味方が出せました。
長かった!




