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”世界”の法則3

 市民街の外れに位置するらしいビルズの屋敷の一室。リルは今しがたジェミクスが入れてくれたお茶を飲む。普通のシヨルの葉のお茶だった。フレイルを思い出したなんだかすこしほっとする。

 

 ガラスのテーブルを挟んで向かいにはリルと同じようにお茶を飲んでいるビルズがいる。よく見るとビルズの瞳の色は薄い琥珀色をしている。柔らかい色合いなのに目力が強いせいか弱々しい印象はかけらも見受けられない。むしろ言い知れぬ威圧感を感じる。


 こうやって落ち着く時間を持たせてくれたことはよかったが、お茶を入れたあとも柔らかい空気のジェミクスが退室してしまったのは少し残念であった。


 ビルズはティーカップをソーサーに戻し、琥珀の瞳をリルの方に向けた。


「さて、そろそろ本題にはいらせていただきたいと思います。リル殿、この機会を設けたのはジェミクスに伝えてもらった通り、今あなたの置かれている現状についてです。ジェミクスの指示に従ったということはリル殿もこの状況について知りたいとお思いになられているということでよろしいでしょうか」


 ビルズの問は確認のためにものだ。リルはその言葉に頷いた。


「はい。そちらがお話できることであればすべて聞きたいです」


「では、お話致します。その前にリル殿がどのように現状を認識しているか確認したいのですが、あなたはこの世界がどのようなものだとおもいますか?」


 ビルズに問いは抽象的な言い回しだった。リルは少し考えた後、簡潔に答えた。


「私はここを夢でもヒイル・エアリアでもない何か別の空間ではないかと思っています」


 その言葉にビルズは頷いた。


「リル殿のその認識は正しいものです。ここは夢でもなければヒイル・エアリアでもありません。ですがそれに限りなく近いものです。この世界の名は“マオべリスタ”。過去のヒイル・エアリアを模した仮想世界です」


「仮想世界・・・」


「そうです。この世界の人間を含めたすべての物質は過去の記録を立体化したものでそこに意志はありません」


 リルの頭に今日読んだ児童書の追手の男のセリフがよぎった。



『この世界は王様たちがお前のために誂えた鳥かごだ』



 あの話はもしかしてこの状況の事を言っているのだろうかという疑念がわく。もし誰かを捕まえるためだというのなら、あの話が真実にだという可能性が高い。そう思いリルはさらに質問を続けた。


「この世界は何のためのものなのですか?」


「申し訳ありませんが、王の密命なので内容の方をお教えすることはできません。それ以外でお答えできることならすべてお話します」


 ビルズはきっぱりとそう言った。リルはすこし歯がゆく思いながらも王の密命なら仕方がないとすぐに諦めた。

 ヒイル・エアリアで生きたことのあるリルにとっては十分な説得力を持つ言葉だ。それにいくら追求してもビルズは答えない気がした。だからリルは質問を変えることにした。


「記録といいましたけどあなたたちは違うのですよね?」


「はい。私とほか数名は外部から干渉して自分の意思で肉体を動かしています。ですから記録と異なる行動が可能です。そしてその外部からの干渉を円滑に行うため、この世界は比較的柔軟に造られています。こちらが過去と少し違う会話や行動をしてもそれまでの蓄積された記録によって他の人間は矛盾のない行動をとるようになっているのです。リル殿はもう実感されているかと思います」


 ビルズの言うとおりである。この数日の間に相対した人の反応はどこにも違和感はない。そのうち例外はあるがそれもビルズの言葉で説明がつく

 例外がいたらそれはビルズのように外部から干渉した人間ということになる。


 けれどそれを聞いてリルは納得したと同時に少し寂しい気分になった。言葉を交わした大切な人達はやはり本人ではなかった。可能性として想像がつかなかったわけではないが改めて聞くとやるせない気分だ。


「柔軟ではありますが限界はあります。特に今の話がこの世界では通じません。それに話してもそのことについての記憶は王の忘却魔法でなくなります。今こうして話せているのはここもまた王が特別に作った空間だからです」


「だからここに呼んだということなんですね」


 ビルズの説明を飲み込んで頷く。まだちょっと気が落ち込んでいるがいつまでもそうしてはいられない。

 気をとりなおしてリルはひとつ息をついて静かに問いかけた。


「ビルズ隊長の話からして私も外から干渉しているということですが、私はこの世界のことを知りませんでした。どうして私がここにいるのかあなたはご存知なのですよね?」


 それこそがリルの知りたいことである。リルはビルズが全てを知っているていで尋ねた。ここまできて知らないということはないはずである。

 リルが真剣な目でビルズを見ると琥珀に瞳が少し細められ、空気が緊張するのを感じた。


「あなたの干渉はこちらも想定外のことでした。私たちは王の魔力の一部をお借りしてここに来ています。本来なら王とその力を分け与えられた人間しか入ることはできません。ですが最近抜け道があることを見つけかったのです」


「・・・抜け道というのは?」


 リルは緊張した面持ちでビルズの言葉を反芻する。ビルズは先程よりも硬い表情で語り始めた。


「世界には魔力の源である核に干渉する魔法があります。あなたはその使い手の一人でした。あなたは生前儀式でその魔法を使い、エミリア姫に干渉しました。それについては何の問題もなかったのです。ただ後日の研究で明らかになったのは、核に干渉する魔法を他者にかけるとほんの一部の魔力が魔法の行使者に流出するということでした」


 ビルズの発言にリルは目を見開いた。


「私にエミリア様の魔力が宿っているということですか?」


「正確にはあなたの核にですが。といっても普通には感知できないくらいで、王たちも気がついたのは最近でした」


 リルはしばらく驚いてビルズを見たあと自分の胸に手を当てる。そこに感じるのはやはり自分魔力だけだ。


 エミリアの魔力が自分の中にあるというのは未だに信じられないが、ビルズの話が本当なら自分は単純に巻き込まれたというだけの話になる。

 こうして話してくれるということは、リルが今後どうすべきか教えてくれるのだろうか。


「ビルズ隊長は私をどうなさりたいのですか」


 少し不安に思いながらそう問いかけたリルにビルズはゆっくり首を横に振った。


「いいえ、あなたに何かする気はありません。ただ、あなたが王の魔力を宿している限りこの世界に呼ばれることでしょう。ですがもうしばらくすればこの世界は役目を終えます。ですからあと少しだけ辛抱していただきたいのです。あなたにとってこの過去がどんなものかは私にはわかりません。けれど、ヒイル・エアリアに生を受けたもの王に対する忠誠心は揺るぎないものだと信じています。どうか了承ください」


 ビルズの瞳がまっすぐリルの瞳をいる。否を言わせない揺るぎない瞳だ。けれど、先程までの威圧感は感じない。リルはただこの人はかつての自分と同じだとおもった。

 自分とエミリアならばエミリアのほうが大事でそれを誇りに思っている。そういう目をしている。それがとても眩しくて羨ましかった。リルはその感情を表に出さないようできるだけ柔らかく答えた。


「分かりました。せっかくなのでもとにもどれるまで懐かしい時間を楽しみたいと思います」


 リルが素直に了承するとそれに対してビルズも少し表情を緩めた。


「そう言っていただけるとありがたいです」

 

 空気がはじめよりはずいぶん柔らかくなったとおもう。けれど、仲良くなったというわけでもない。これ以上言葉を交わす必要は互いにないだろうリルとビルズはどちらともなく立ち上がる。

 そしてビルズが「リル殿がお帰りです。ジェミクス、扉を」とよく通る声でいうと扉の向こうから直ぐにジェミクスがやってきた。


 ジェミクスが宙に手をかざすと魔力の粒子が集まって何もないところから扉が生まれる。ジェミクスは目の前に扉を出現させて「た、たぶん行きと同じところに出ますので」と言って弱々しげに微笑んだ。

 多分というのがだいぶ気になってビルズを見ると笑って頷かれたので多分大丈夫なのだろう。


 入口の前に立ってリルは後ろを振り向く。そして少しためらったあとビルズに問いかけた。


「最後にひとつだけいいですか?」


「なんでしょうか?」


「エリー様・・・エミリア様はお元気ですか?」


 口に出した声は自分が思うよりも弱々しく、そしてずいぶん気安い問いかけ方だった。だが、リルの生前を知っているらしいビルズは咎めることはなかった。


「はい、病気もなく御健勝です」


 これまでで一番柔らかい声でビルズが答えた。リルは嬉しいと同時に複雑な感情が胸に湧き、ただ「良かった」といって微笑んだ。


「ありがとうございます」


 リルは最後に深々とお辞儀をして扉に足を踏み入れた。そして着いた先はちゃんと特別図書閲覧室だった。リルは息を吐く。

 安心したからというのは少し違うひどく複雑な心境だった。


 王の力を持っていればこの“マオベリスタ”の干渉できる。ならばエミリアはどうなのだろうか?ここであった“エミリア”は“リル”とともにすごしたエミリアなのか、それとも・・・。


 エミリアが元気でよかったというのは本心だ。けれど、そんな考えが頭を支配していき、不安が胸によぎる。


 ひとつの世界と同等に近いこの仮想世界“マオベリスタ”。エミリアたちは一体何のためにここを創ったのだろうか。

 きっと王命でここに来ている人間はリルに答えをくれることはないのだろう。

 そう思うとリルは真実が余計に遠のいた気がした。


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