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夏休みの現実4

 本の中に広がる世界はリルのいたヒイル・エアリアそのものだった。


 人間の王とドラゴンの王が支える世界、魔法の仕組み、日所生活での会話。固有名詞はところどころ変えてあるが概ね同じである。


 けれど、書かれている話についてはリルの記憶にはない。柚姫は言い知れぬ緊張を覚えながらページを読み進める。


 題名からの予想に反して物語はウィルという少年の視点で語られる。

 ウィルは少女と一緒に逃げていた。その少女は特別な力を有していて、それが世界を破滅に導くものだと恐れられてた王の命令で殺されそうになったところを少年が助けたのだ。少年はその少女を守るために女王とドラゴンの王と追手と魔法を駆使して壮絶な戦いを繰り広げる。


 そして戦いが一区切りすると、敵の男の一人が去り際にはなつセリフに息を呑む。


『この世界は王様たちがお前のために誂えた鳥かごだ。例えここで逃げおおせたとしてもいずれは必ず捕まるだろう』


 それに対してウィルは「誰が来ようと関係ない!絶対この子を守る!」と啖呵を切る。

 男は『せいぜい残された時間を楽しむのだな』と言ってその場を去りウィルは少女の手をとって必ず守ることを約束し物語は最後のページを迎えた。


 とてもありがちだが、読後感のすっきりした普通に面白い物語だと思う。けれど、全ての謎は明らかにされておらず物語自体も完結ではなくまだ続くようで次巻予告が巻末に書かれていた。


 主人公のウィルの名前を見て自分の道標のことを思い出す。同じ名前だが早々珍しい名前でものではないだろう。ウィルと名づけたのもただの思いつきだったと思う。


 それよりも柚姫が気になっているのは少女のことである。作中に少年ウィルの庇われる少女なのだが名前はない。記憶喪失という設定だった。


 少女の特別な力は具体的にどんなものか明かされていないので、わかっているのは敵にもたらされた情報のみである。少女は自分が何故狙われているのかわかっていない。


 記憶喪失のせいかとても大人しく儚げ印象の少女だ。けれど取り乱すことはなくウィルの前ではいつも微笑みをたたえている。物語の中でこれといって行動はせずただひたすら状況に流されているが、少女の笑顔が少年の動力だというような表現がされていた。


 柚姫は表紙の少女はエミリアだと思っていた。名前は何度も出てくるが実際の登場するのはほんの何ページかであった。話の流れから言って表紙の女性は少女だ。


 柚姫にとってはヒイル・エアリアをモデルにした物語だが、他の人からすればただの創作物である。単純にエミリアの外見を少女のモデルにしただけかもしれない。


 エミリアが女王として即位したのはどう考えてもリルの死後のことなので、この本がどこまでフィクションか判断がつかない。柚姫としては釈然としない気分だ。


 さらに言うと普通、文章を書いた人と表紙の絵を描いた人は違うはずだ。この本はどうなのだろう。

 どちらの人間もエミリアの治世にヒイル・エアリアに生きた人なのだろうか。とりあえず見たところ絵の方の人の名前はどこにも見当たらない。あるのは著者の名前だけだ。


夢羅隆史むらたかし


 あとがきを見たところ、普段はホラー小説を書いている人で、本もたくさん出しているらしい。出版社が違うからか具体的な作品紹介はない。


 ホラーを書いている人が今これを書いたのは何か意味があるのではないだろうかと柚姫は勘ぐる。作家と連絡を取り合うのにはファンレターくらいしか思いつかない。

 けれど、いくら過去を共有できる可能性があっても相手がどんな人物かはわからない。柚姫はもんもんとしながら、机の上に置いたままだった吉村の本をが目に入る。


 そういえばこれがあったんだと思い、昨日”あの世界”で机に向かって覚えたフェイル語の一部を思い出す。

 なんとなしにペラリと本をめくった。予想はしていたがほとんど読めなかった。国語は割と得意な方だがこれはまた別の問題だ。読める部分だけ読んでも飛ばし飛ばしで意味がまりで伝わらない。もう吉村に聞くしかないのだろう。


 そんなことを考えていると机の上にあったスマートフォンが鳴る。手に取ってみてみると利保からメールが来ていた。絵文字たっぷりに吉村の本を返す日時と時間がの候補が挙げられている。噂をすれば影といったところだろうか。

 挙げられた候補は近くては明日と明々後日の昼、それ以降は来週だった。柚姫は少し迷ったあとメールを打って送信した。

 どうやって話せばいいかと悩みながら思いながら柚姫は静かに本を閉じた。












 夜は家政婦の益子ますこの美味し料理をいつもより早めに帰ってきた百華と一緒に食べた。父・良朋よしともは夜はいつも遅い。いつものことなのでさして気になることはない。かと言って仕事人間というわけではなく、夫婦仲は驚くほど良好である。


 益子は柚姫の幼少時から来てもらっている50代の女性でとても穏やかな性格に料理が飛び抜けてうまい。柚姫が中学に上がってからくる回数が減ったが週2回は必ず夕飯を用意してもらう。

 食後には夏場に特別に作リ置きしてくれる益子特性メロンアイスに舌鼓を打つ。

 柚姫の様子を見て百華が微笑んだ。


「ふふ、あんた本当に益子さんの料理好きね」


「だって、おいいしいもの」


「小さい頃は食べさせようとするとすごい嫌がったのにねぇ。お腹がすいてるはずなのにそれでも頑なに食べようとしないから、ほんとあの頃は困ったわよ」


 百華もメロンアイスを食べながら懐かしそうに笑った。柚姫は顔が引き攣りそうになるのを感じた。百華は覚えていないと思っているようだが柚姫はよく覚えている。


 2歳くらいの頃だっただろうか。その頃からリルの記憶をぼんやりと思い出し始めた柚姫は食事に対して消極的だった。

 リルの頃は食事をまめにとる習慣なかったし、幼児に与えられる食事は食べごたえのない柔らかいものばかりだ。歯の揃っていない幼児なのだから当然だが柚姫には辛かった。


 さらに、食事が体を動かすエネルギーとなるという図式が頭の中になかった。だからお腹が減っているという感覚を、なにかの病気と勘違いして苦しくなって泣き喚いた。とても苦い記憶である。


 しばらくして食事の必要性を悟ったがやはり食べること好きではなかった。今考えれば百華には心配かけてごめんなさいと言うしかない行動だった。


 そんな柚姫の大変活躍したのが益子の料理だった。別に百華の料理が下手というわけではなかったのだが益子の料理はひと味もふた味も違った。 それまで食の細かった柚姫が益子の料理を残さずきちんと食べた。


 百華はちょっとすねながらもちゃんと食べるようになった柚姫を喜んだ。

 

 そういうこともあって百華は柚姫が益子の料理をを食べる姿を見るたびにこの話をするのである。


「ほんと益子さんには感謝しているわ」


 百華はそう言ってキッチンで洗い物をしている益子に笑いかける。


「子どもの頃なんてみんなそんなものですよ。私がいなくてもきっといつかは普通にお食べになられていましたよ」


 益子も微笑んでそう返す。柚姫としては益子さんには大変感謝している。そのまま育っていれば大変な偏食家になっていたかもしれない。

 柚姫は今日も感謝を込めて礼を言う。


「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」


「おそまつさまです」


 柚姫の言葉に益子は柔らかく微笑んだ。人柄の窺える優しい笑顔だ。柚姫も自然と笑を返す。

食べ終わった皿をわたし部屋に戻る。


 満腹になり、風呂にも既に入って準備は万端である。明日は吉村に聞きたいことはたくさんある。だがその前に、今夜はあの少年に会って話をきかなくてはならない。


 まだ、時刻は8時だが柚姫は待てなかった。早々にベッドに入り込み“あの世界”に思いを馳せる。しばらく目をつぶっていると意識が沈んでいくのを感じる。


 沈みきる前に、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。とても懐かしい悲しそうな声だった。


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