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夏休みの現実3

 部室に戻って夕食を食べたあとの午後の活動はとても静かだった。少数人数の美術部の活動は割と自由でのんびりとしている。普段は週2日来ればいいという緩さである。


 けれど休み明けには文化祭があり、作品展示を行うことになっているので自由といっても下手なものを展示するわけには行かない。そのため、毎年夏休み以降の週2日の午前中は技術向上の為に『クロッキー&デッサンの集い』なるものが開催されている。

 すべて強制ではないが、誰がいつ来るかは事前に報告してあるので来なかったら電話が来る。

遅れれば当然遅刻である。


 ただ、柚姫は高校から美術部に入ったが初心者ではない。それなりの基本的な技術者持っている。

小学校の頃から習い事をいくつか掛け持ちをしていて、絵画教室にも通っていた。だが、技術がそれなりに身に付くとお金を払って習うより趣味として好きなものを好きなよう描きたくなり小学校卒業を機にやめた。それからほかの習い事の合間に趣味として絵をずっと描いてきた。

 杏里はとても気に入っていてくれて高校から美術部に一緒に入らないかと誘われたのである。

 鬼島もそれを知っているので今日も罰を与えても課題は出さなかったのだろう。それよりも作品に集中しろということだろう。


 ちなみに杏里は立体専門である。石膏像が作ってみたいという思いつきで美術部に入り、秋津と相談して1年掛りの計画を練っているらしい。実際制作開始するのは文化祭後で詳しくは秘密だという。


 今日は早めに切り上げて帰りに本屋に寄ろうという約束だったので一時間ほど活動して切り上げることにした。










 鬼島たちに挨拶をしてそのまま学校を出て来た道を戻る。ちょうど来たバスに乗って駅前に着いて駅ビル内にある本屋に向かってエスカレーターの乗る。3階まで上がれば1フロア全てを陣取る”みくら書店”である。


「あった、あった!」


 そう言って杏里が手にとったのは今日発売の少年漫画である。家族内で大ブレイクしている長編漫画で買ってこないとブーイングされるらしい。すごく仲のいい家族である。


「じゃ、買ってくるから」


「うん、そこら辺にいるね」


 杏里はレジに向かい、柚姫は少し先の小説コーナーに足を向けた。新刊にめぼしい物はなく、となりの児童書コーナーが目に入る。

 時間帯のせいか人が少ない。なんとなく覗き込むとそこにちょっと毛色の変わった本が置いてある。

 絵本から立体的な建物が飛び出している。いわゆる飛び出す絵本だ。とても良く出来ていて

絵もきれいである。

 気になってページをめくる。そうしているうちに杏里がやってきて後ろから覗き込んできた。


「飛び出す絵本だ!懐かしい」


「昔、杏里のうちにあったよね」


「あったけど妹と取り合ってぐしゃぐしゃになったんだよね。そんでそれをプレゼントしてくれた近所のおじさんに謝りに行かされた記憶がすごいあるー」


 杏里が遠い目をしながらそうつぶやいた。


「あのころ茉莉花ちゃんまだ小さかったもんね」


 茉莉花とは3つ年下の杏里の妹で、二人は見た目も中身もそっくりの姉妹である。


「そう、あの子なんでも欲しがるんだもん。ん?ねぇこれちょっと柚がたまに描いてる絵に似てない?特にこの女の子」


 杏里はそう声を上げて平積みの本を指さした。それを見て柚姫も指の先を見た。

 絵本ではなく児童書だった。表紙に描かれているのはリアルに描写された色とりどりのドラゴンと長い黒髪の女性。柚姫は絵の女性を見て思わず目を見開いた。そして表紙に書かれた題名を杏里が口にした。


「『王女とドラゴンの最後の魔法』だってさ。王道っぽいね」


 呆然とした柚姫をよそに杏里はその絵本を手にとった。


「うおっ!たっかい!2000円!児童書ってこんなにするの?」


 値段に驚きの声を上げる杏里の声にハッとして柚姫は「するんじゃないかな?」と適当な相槌を打ち柚姫もその本を手にとった。

 その絵は確かに柚姫の絵に似ていた。タッチは違う。そういうことではない。


 柚姫の絵は作品として人の目に触れるものは全て風景画である。けれど、自分だけのために描く絵は違う。それはヒイル・エアリアでリルが目にしたものだった。そして柚姫が描いていたのは風景だけでない。過去出会った人々も絵として残してある。苦くて苦しくてもどうしても忘れたくなかったのだ。杏里には何度かその絵を見せたことがあった。


 似ているのはこの絵を描いた人は柚姫と同じものを見ているからだ。同じものを見てそれをこうして描いたのだ。そうとしか思えなかった。

 絵の女性は柚姫がよく知る優しい笑顔を浮かべるエミリア・テ・ヒイル・エアリアそのものだった。


 柚姫はなに食わぬ顔で気に入ったからと言ってその本を購入した。

 既に吉村の本のこともあったので衝撃は二番煎じであった。こんなとこにもエミリア姫がという驚き半分とちゃんと読める文字であることへの喜ぶ半分といったところある。







 電車に乗って駅で別れたあと、急いで家に帰って本の封を切る。

 吉村の本も気になるが多分解読するには資料が足りない。むしろこの『女王とドラゴンの最後の魔法』といういかにもといったタイトルの児童書を読めば何か手がかりが得られるかもしれない。

 柚姫はこういう時パソコンがあれば調べられるのにと思った。だが、だが、ないものは仕方がない。

 柚姫は本のページをめくった。



“人間の女王とドラゴンの王は魔法をかけました。世界を守るための魔法です。けれど、少年は世界を壊しても守りたい少女がいました。少年の名前はウィル。世界で3番目に強い魔法使いの少年でした”



 それが物語の始まりだった。



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