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世界を繋ぐ第一歩11

 リルは扉を開けて思わずそのまま扉を閉めた。現在いるのは研究室の扉の前である。と言ってもテオとサラサはいない。夜は実験室にこもっていることが多いので会えないのは分かっていた。

 だが、予想外の人がいた。

 とじた扉がすぐにあいて、中から体格のいい白衣の男性が顔を出した。


「あらやだ、リルちゃん。久しぶりね!どうしたの?」


 しなを作りながらテンション高めに話しだす。名前をプルトという。ベリーショートの黒髪と隆々に盛り上がった筋肉が印象的でとても明るい人である。見た目はどうやってもオカマであるがとてもいい人だ。ただリルはこの人のノリが少しだけ苦手だった。


「プルト。あまりはしゃぐな。リルさんが怯えている。とりあえず中に入ってもらえ」


 そんなリルに助け舟を出したのがプルトの後ろの椅子に腰掛けている同じく白衣の女性である。


「やだ!アネニモったら怯えてるとか酷くない!?」


「事実だ。でかい図体でかわい子ぶるな」


「アネニモが小さいだけで、私そんなにでかくないわよぉ」


「小さい、言うな。実験台にするぞ」


 わざとらしく口を尖らせ拗ねた表情をしたプルトに女性はそう言い捨てた。女性の名はアネニモと言ってプルトと同期の研究所員である。


 プルトの言う通り本当に背の小さい女性で平均身長のリルよりも頭二つ分ほど小さい。だからといって少女に見えるわけではない。黒髪をきっちりお団子にした黒縁メガネの大人の女性である。二人は第3研究室の凸凹コンビとして知られている。

 リルは幼少期に面識があったが、ここ数年は滅多に会うことはなかった。だが向こうからすればリルは同僚の子どもだからか、親戚の子のような扱いをされている。

 一通り言い合ったあとプルトはリルを室内に促し椅子をすすめた。


「とりあえずお茶にしましょう。ちょっと待っててね」


 流れるような動きでとなりの給油室に消えたかと思うとすぐに紅茶とお菓子を運んできた。そしてリルに「砂糖とミルクはお好みでね」と言って紅茶を差し出した。

 受け取ってとなりを見るとプルトがカップの一つに砂糖とミルクを入れて「はいどうぞ」と言ってアネニモに差し出し、アネニモは「ん」とだけ返事をして紅茶を飲んだ。それを見守ってからプルトも紅茶を飲み始めた。

 なんだか熟年夫婦のようなやり取りで、その絵面はシュールである。ただしこれで二人は別に恋人でも何でもないという。


「ええと、どうしてお二人はここに?」

 

 人心地ついてリルは二人に尋ねた。

 ここはテオが室長を務める第1研究室である。見たところ他の第1研究室の所員は見当たらず、ここにはプルトとアネニモしかいない。

 リルの疑問に答えたのはプルトだった。


「今日は第3研の施設点検日なのよ。だからホントはお休みなんだけ、アネニモがどうしてもまとめておきたい資料があるって言うから、ここの機材をちょっとお借りしているの」


「そうなんですか。研究熱心なんですね」


「そうなの研究馬鹿なのよぉ」


「風呂に研究書を持ち込むお前に言われたくない」


 とぼけた調子のプルトに、アネニモは憮然と言い返す。キーラとルーディのやり取りに似ているが、あの二人よりもだいぶ濃い。


「そう言えば、リルちゃんはなんのご用事かしら?テオさんたちは実験室にいると思うけど」


「いいえ、父たちにようというか、研究所の人に聞きたいことがあって」


 リルの当初の目的はこれであった。研究所の訓練を受けているという少年のことを聞きたかったのだ。プルトの勢いに押されて意気込んでいたものが若干霧散していた。


「あら、そうなの。なら私も研究員よ。なんでも聞いて頂戴な!」


 ずいっと身を乗り出し微笑むプルトに思わず身を引きそうになる。とても親切でいい人なのである。ただ、外見的インパクトが強すぎて思わず身を引いてしまう。

 

「プルト、落ち着け。それで、リルさんは何が聞きたいんだ?」


 乗り出すプルトの腕を引いてアネニモはリルに先を促した。アネニモもぶっきらぼうであるがいい人である。口調のせいで旦那さんのようである。

 リルは気を取り直してあの少年の姿を思い浮かべた。


「あの、今研究所で訓練を受けている子の中で、12歳くらいの男の子っていませんか?黒髪黒目で目鼻立ちの整った子なんですけど」


 リルがそう言うとアネニモとプルトは似たような表情を浮かべた。なぜかプルトは弾んだ声で問いかけてくる。


「まぁ!その男の子がどうかしたの?!」


 そう言われれば勢いで研究所に来たためどう説明するかを考えていなかった。少ししどろもどろになりながらリルは説明した。


「ええと、偶然道であって、その子とちょっと話をしたんです。それで研究所で訓練を受けているという話を聞いたんですけど名前を聞き忘れてしまって。それで研究所の人なら知っているかなと思って」


 すべて話すことはできない。リルが細かいところはほとんど省いてそう尋ねるとプルトが胸の前で指を組んで目輝かせた。


「リルちゃん、その子のことが知りたいの?それで出来たら会いたいの?」


 興奮気味にノンブレスでそう問い返してきたプルトにリルは若干引き気味に頷いた。


「ええと、できたら」


 すると、プルトは「キャー!」と奇声を発した。嬉しそうな奇声を発するプルトのとなりでアネモニもどこか楽しげに笑っている。

 いったいなんなのだろうか。そう思ってみているとアネモニが悶えているプルトの背をぽんぽんと叩いた。それで正気に還ったプルトがひとつ咳払いしてリルに笑いかけた。


「ふふ、ごめんなさいね。ちょっと楽しくなっちゃって。そう、黒髪の男の子ね!ちょっと調べるから待っててね!!」


 そう言って立ち上がったプルトは部屋にある機材に駆け寄って、手を掲げる。魔力の粒子が集まる。そしてものすごい速さで指が動いている。ガラスパネルに情報を打ち込んでいるのだろう。

 それだけの情報で調べられるのだろうかと思っていると直ぐに声を上げてリルを呼んだ。


「あったわ!黒髪の男の子!」


「え?もうですか?」


「今訓練を受けてるのって女の子ばっかりで男の子って少ないみたいだからすぐわかったわ!でも二人いるわねぇ。ちょっと見てみて頂戴な!」


「見ちゃっていいんですか?」


「大丈夫よ!見られちゃ困る内容は見えないように魔法がかけてあるから問題ないわよぉ」


 プルトが笑って手招きをした。アネニモを見ると小さく笑って頷いた。リルは近づいてパネルを覗き込む。

 パネルに刻まれているのは文字のみ。後はモザイクがかかったような文字の羅列である。

 刻まれている名前は、二つ。


「ウィリア・テイル君10歳。マオ・アーベンズ君13歳。この二人よ。年齢的には13歳かしら?どちらにしても年下の男の子ね!」


 はしゃいだ様子でプルトはパネルを押す。


 表示されたのはマオ・アーベンズ。13歳。固有魔法:精神系感応魔法。最終調整段階。


 リルが見えるのはこれだけだ。けれどこれだけで十分だった。


「最終調節段階っていうことはかなり自由に過ごしているはずですよね。どこに行けば会えますか?」


「そうねぇ。私たち第3研はあんまり訓練に関わってないからねぇ。やっぱりテオさんたち第1研の人じゃないと詳しくはわからないわ」


 リルの問いにプルトは頬に手を当てて申し訳なさそうに笑う。知らないものは仕方がない。まだ心のもやもやは残っているが実験室に押しかけるわけには行かない。今日はもう諦めたほうが良さそうだ。


「そうですか。明日また改めて来たほうがよさそうですね」


「ごめんなさいね。でも、代わりにテオさんたちには伝えておくわね!」


 そう言われてリルは頷いた。

 それからリルは二人に少し話したあと、お茶のおかわりを丁重にお断りし、礼を言って研究室を後にした。



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