世界を繋ぐ第一歩8
教室に戻る途中なにか騒がしい声が聞こえる。声のする方に向かうとそこは職員室の前の廊下で、ちらほらいる生徒たちは皆一様に立ち止まってある一方を見ていた。
「ちょっ!やめろ!下ろせ!!」
「暴れるのではありません。他の生徒さんに迷惑です」
皆の視線の先にいたのは小柄な女性で、その肩には自分よりも明らかに大きい紺の制服に身を包んだ男子生徒が担かれていた。
その女性の方は長い黒髪を高い位置で結い上げたキリっとした容貌で服装からして騎士のようだ。
騎士服のマーティアと同じ型ようのだがその色は黒いく、見るものに厳しい印象を与える。
男子生徒の顔はよく見えないが怒鳴り声を上げながらじたばたと暴れている。それに対し、女性騎士はまるで意に返さず平然とした様子だ。
すると女騎士おもむろに片手を男子生徒の頭をわしずかみにした。
「お前は、いい加減、黙りなさい」
「ぎあぁ!?」
無表情で威圧感を放つ女騎士の握力は相当なものらしく、首を不自然に仰け反らせた男子生徒は潰れた悲鳴を上げ、周るの生徒も思わずびくりと肩を揺らした。
当の男子生徒は体を痙攣させたあと、ピクリとも動かなくなる。
すると、女性騎士は周りを見渡して何事もなかったかのような様子で会釈した。
「騒ぎ立ててすみません。君たちは気にせず勉学に励んでください」
女性騎士は淡々とした謝罪をして男子生徒を担いだままスタスタと歩き出す。その進行方向に溜まっていた生徒たちは再びびくりと肩を揺らし非常に機敏な動きでさっと道をあける。
一体あの女騎士たちは何だったのだろうと思い呆然と彼女たちが去っていった方を見ていると、カツンッと音が廊下に響く。
見れば職員室の扉の前にジルドが立っていた。どうやら音の源はどうやらジルドはいているヒールのようだ。
そしてジルドは大きくはないがよく通る声で立ち止まっていた生徒たちに指示をした。
「みなさんもう次の授業が始まります。授業のある者は早急に教室に向かいなさい」
生徒たちはその言葉ではっと我に帰る。そしてそのままバラバラと散っていった。
その様子を見てジルドも職員室に戻っていく。リルも教室に行こうとしたのだが、キーラは女性騎士の去った方を見つめたままだった。
「どうかしたの?」
「あの人ってもしかして・・・」
キーラが驚いた顔をしていると、職員室の扉が再びあいた。そこから出てきたのはルーディだった。それに気付いたキーラが勢いよくルーディに駆け寄った。
「ルーディ!」
「あ、キーラ、リトルさん」
ふたりを見つけたルーディは軽く手を挙げた。その様子はどこか疲れているように見える。
「ね、女の騎士さん見た!あの人ってもしかして!!」
すると、ルーディはキーラの頭を2、3度軽く叩いた。
「その話は次の授業のあとな。とりあえず時間がないから授業に行くぞ」
「えー!?」
「ええと、とりあえず教室に向わない?」
リルとしては疑問だらけであるが、時間がないのは事実なので不満げなキーラそう促した。
すると、まるで見計らっかのようにウィルが告げる。
『後、1分です』
その言葉によって3人は慌てて次の教室に向かうことになり、結局話は次の休み時間に持ち越されることになった。
授業を終えた放課後、リルたちは談話室の一角を陣取っていた。リルとキーラはルーディと向かい合う形で椅子に座った。
「あの人はビルズ・ホーギー隊長だよ」
「やっぱり!」
ルーディが女性騎士の名を告げるとキーラが喜色満面にそう言った。
「ビルズ・ホーギー隊長ってあの?」
リルが驚いていると、ルーディが苦笑を浮かべて頷いた。
ビルズ・ホーギー。
王国騎士団第1部隊隊長マーティア・エーデルノットと王国騎士団第3部隊長ギル・ダークと並んで知名度を誇る騎士である。
ただ、ビルズ・ホーギーはふたりとは少し違う。
彼女の率いる王国騎士団第2部隊は王都外の荒事に駆り出されることが多く、その戦いの手腕は相当なもので、王都にも数々の武勇伝が伝わっている。
けれど、その分王都に滞在することが少ないために噂がひとり歩きしており、その容姿を知っているものは少ない。
主流となっているのは100人の盗賊団をひとりで壊滅させるほどの猛者で、外見は筋骨隆々の男性だという説である。
リルは生まれてこの方、王都から出たことがないので噂でしか知らなかった。だから、まさかあんなに華奢な女性とは思いもよらなかった。
「噂って当てにならないわね。見た限りどうやっても女性にしか見えないわ」
リルが笑ってそう言うとふたりもおかしそうに笑う。
「はは、リトルさんもムキムキ男性説聞いたことあるんだ。ちょっとアレひどいよな。どこでどう伝わったか疑問だよ」
「でも、実際そのくらい強いよ!自分の3倍以上ある男殴り飛ばして壁にめり込ませてたもん!」
興奮気味にそう語るキーラの目はキラキラと輝いている。ルーディもその言葉に頷いていた。それを見てリルは先ほどから浮かんでいた疑問を投げかけた。
「そう言えば、二人とも知り合いなの?」
「知り合いっていうのとは違うな。子どもの頃、俺たちは王都の外に住んでたんだ。その時ちょっと事件に巻き込まれてね。フィアーメルン氷の牢獄事件って知ってる?」
ルーディの言葉にリルは思考を巡らせた。
「確か・・・巨大人身売買組織が捕まった?」
それは10年ほど前、北にある街フィアーメルンで起きたことである。
人身売買組織の拠点がその街の地下にあることを発見した騎士団は一斉討伐に乗りだした。
その際行使された作戦が物質系凍結魔法によって退路を塞ぐという大胆なもので、それによって地下全てが氷の牢獄となったという話である。
作戦は成功。やりすぎではないかという意見も出たが、結果的に捕り逃すことはなく、組織は完全に壊滅した。
これは最近の歴史の教科書にも少しだけ載っている事件である。
「そうそれ。俺とキーラはフィアーメルンの近くの村に住んで、キーラと一緒にさらわれたんだ」
「えっ?」
ルーディの衝撃の告白にリルが驚いているとキーラは明るく笑っていた。
「あ、心配しないで!怪我もなかったし、運良くさらわれてすぐ助けが来たから!」
「その時、助けに来てくれたのがビルズ隊長。当時はまだ分隊長だったけど見た目全然変わってなかったからすぐわかったよ」
「それで、顔を知っていたのね。でも、今日は何をしにいらっしゃったの?」
リルが話を元に戻してそう尋ねると、今度はキーラが身を乗り出し、矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「そうだ!忘れてた!ビルズ隊長なんで学校にいたの?なんか男の子担いでたよね?」
「あの人はダイラン・フォルト。今日、喧嘩を仕掛けてきた相手だよ。今日だけじゃなくて前にもあったことあるはずだけどキーラは覚えてないの?」
「うん?前にカフェテリアで一回あったことあるのは思い出したけど」
「それ以外は?」
「知らないよ?」
ルーディがキーラの様子を伺うように問いかけたが、キーラは全く思い至ることがないようで眉根を寄せた。それを見てルーディは深くため息をついて話を続けた。
「まぁ、思い出さないなら別にいいよ。俺が聞いた話じゃビルズ隊長はダイラン・フォルトの後見人らしい。だから今日のことで呼び出されたんだって」
「後見人!」
キーラが復唱し、リルもまた意外な事実が発覚に驚いた。
「でも、隊長なんて忙しんじゃないの?」
「幸か不幸か休暇の最中だったらしい」
「そうなんだ、で、そのダイランくんは何で担がれてたの?」
キーラの言葉で担がれていたダイランの姿を思い出す。騒動を起こしたことは頂けないが、それにしても乱暴すぎやしないだろうかと思わなくのまい。リルがそう思っていると次のルーディの言葉でその疑問は解消される。
「俺が職員室に行ったら鉢合わせてね。そしてらダイラン・フォルトと目があった瞬間殴りかかってきたんだ。でもその瞬間隊長が見事な廻し蹴りを食らわせて、倒れたところを担ぎ上げて廊下に連れてったんだ。すごい早業だったよ」
ルーディは感心した様子でそう言いながら清々しく笑う。多分一方的につっかかってくるダイランに鬱憤が溜まっていたのだろう。
もう自業自得としか言えない所業である。
「その後職員室でハント先生に聞いたんだけど、隊長も俺たちのこと覚えてたみたいだよ。それで今日、お詫びがてら俺の家に来るそうだ」
「えっ!じゃ、今日、ルーディの家にお邪魔する!」
「はいはい、でもうるさくるなよ」
了承得るでもなく決定事項としてそう言ったキーラにルーディは呆れた様子を見せるが断ることはしなかった。ただ仕方がないといった様子でキーラの頭を数回たたく。それに対してキーラは嬉しそうに笑っている。
本当に仲がいいなと思いながらリルがふたりを見ていると、キーラが今度はリルの方を振り向いた。
「そうだ!リルも来る!?」
キーラはリルの腕を取って期待を込めた眼差しを向けた。
リルはそれに苦笑を浮かべた。誘ってもらえるのは嬉しいが、隊長も一応謝罪に来るのであって遊びに来るわけではないし、リルにとっては面識のない相手なので完全に場違いである。
それ以前にキーラが誘っているのは自分の家ではなく、ルーディ、つまり人の家であることについてはもはや今更の話である。
「嬉しいけど、今回は遠慮するわ」
「お前、隊長が何しに来るのか考えて言えよ。遊びに誘うなら他の時にしな」
リルの言葉に続いてルーディが代弁してくれた。それに対しキーラは少し残念そうにしながら「じゃ、今度私の家に招待するね!」といってまた笑った。




