世界を繋ぐ第一歩1
リルは目を開けるよりも前に周囲に漂う魔力をその身に感じた。それによって、”またこの夢を見る”という根拠のない予想が外れていなかったことを確信する。
まぶたを上げてすぐにベッドから立ち上がったリルは、起き抜けの体でフラフラと歩きながらも明確な目的を持って机の方に向かった。
そして机に備え付けられた引き出しをゴソゴソと探る。
「・・・あった」
両手で取り出した平たい紙箱を机の上に出して蓋を開ける。そっと手をいれ、そこに入っているひとつの包を取り出した。
包をそっと開くとそこには手のひらに乗るくらいの長方形のガラス板。
リルは人差し指でそのガラス板に指を滑らせる。するとそこに青く浮かび上がるのは柚姫が寝る前に何度も書いていた覚えた文字。
あの本に唯一ルビが降られていた姫の名前と思わしき文字である。
「・・・これでよし」
目をしょぼしょぼさせながら、珍しく高揚した様子で文字の浮き出た板を目線の高さまで持ち上げる。
リルが今やったのは初歩中の初歩の魔法である。
指先に集中させた魔力を頭に思い浮かべた形にして物質に写すというもので、日本で言うと念写という感覚が近のではないかと思う。
だだ、念写と違うのは確実性が高く、国から認められている技術なので取り扱いは国法にも定められている。
実際にそれを使った書類の偽造などの事件は少なくない。そのため、一般的には紙とペンを使うことが推奨されている。
そんな中、なぜわざわざそんなことをしたのかというと、寝る前に思い至った考えに起因する。
柚姫はそのまま素早く身支度を整え、そのガラス板を鞄に詰めて部屋を出た。
廊下の窓から差し込む朝日がひどく眩しい。リルはすぐさま目を背け早朝の誰もいない廊下を早足でかけだした。
足を向けたのは学院内の地下2階にある特別図書閲覧室という施設である。
その名のとおりここの一般の図書室と区分されており、そこにあるのは全て持ち出し禁止の本のみである。
地下にあるが魔法によって常にちょうどいい明かりが保たれており、さらに普通の図書室と違って個室が多く備え付けられており、静かに本を読むのに適した空間が作られている。
”リル”も少ないながらも利用したことがある。だが、今回の目的は本を読むことではない。
リルは迷い内足取りで一直線に図書室の管理員室に向かいガラス窓を覗き込み、職員の姿を確認して呼び出しベルを鳴らした。
魔法によるベルなので外側にいるリルにその音は聞こえない。ベルを鳴らしてすぐ、職員こちらに気がついて歩み寄ってきた。
カラカラと音を立ててガラス戸が開くと柔らかい笑みを浮かべた女性が顔を出した。
「おはようございます。あら、あなたここに来たのは初めてかしら?」
女性が少し首を傾けてそう尋ねてきた。ゆるく編まれた亜麻色の三つ編みが揺れる。彼女からすれば初対面だがリルからすればよく知った顔である。
彼女はこの特別図書閲覧室のずっと管理している女性で名前はマギルタ・スノーといい、生徒に人気があり、マギィという愛称で親しまれている。
見た目は20前半くらいで、はなしていてもそう年が半れているように思えないが、実年齢はもっとずっと上らしい。
さらに言うと優しげな風貌とのんびりとした雰囲気に癒しだということで一部の男子生徒がファンクラブを結成しているのは、もはや公然の秘密である。
そんな男子生徒にとって衝撃の事実が明かされることをリルは知っているのだが、それはもう少しだけ先の話である。
リルはそんなことを思い出しながらこに時点ではまだ初対面であるマギルタの問いかけに返事を返す。
「はい、昨日編入したばかりなので。少し調べ物をしたいので検索装置を借りてもいいですか?」
「そうなの!じゃあ、まず”道標”で登録しましょうね」
女性は「”道標”は持っているかしら?」と言いながら木で出来た少し大きめのスタンプを持ち上げた。リルは自分の”道標”の名前を呼んだ。
「ウィル、起きてちょうだい」
リルの声に反応してふわりと現れた夕日色の鳥は、差し出した手の甲に音もなく止まる。
「おはようございます。授業の開始まであと1時間10分です」
「おはよう。早速だけど特別図書閲覧室の登録をお願い」
「了解しました。特別図書閲覧室の登録を行います」
そう復唱したウィルを前に差し出すと女性はにこりと笑ってスタンプを掲げてウィルの額に押した。そのスタンプにはインクなどは付いていない。その代わりに魔力による淡い青い光がウィルに灯る。そしてその光はものの数秒で消えた。
マギルタがにこりと微笑んでスタンプを持った手を下ろすとウィルは定位置の肩に飛び乗った。
「はい、これで登録完了よ。あとは”道標”の案内に従ってくれれば問題ないわ。何かわからないことがあったらなんでも聞いてちょうだいね」
「ありがとうございます」
マギルタの激励に微笑み返し、一礼してウィルに先導を頼むと「案内を開始します」と言って羽を広げて閲覧室の中に飛んでいく。
リルはそれを追うように足を踏み出した。




