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祝福と予兆7

 利保のから本を受け取り「おやすみ」と声をかけて柚姫は早々に自分の部屋に引っ込む。お風呂に入る前に冷房を入れておいたので部屋はちょうどいい室温になっていた。


 今日は早く寝たかったが時計はまだ9時を回ったところで、出かけたといっても比較的近所でさほど疲れていない。だからそう上手く睡魔が訪れるわけでもなく預かった机の上に本を置いてなんとなしに本をひらく。

 

 やはり読めないし、どんな内容なのかさえ見当もつかない。だが、よく見ると印刷ではなく手書きのように見受けられる。


 さらにぱらぱらとめくっていき、今度は文字ではないものが目に入る。そのページの左側に白黒のスケッチのように描かれていたのは西洋的な竜と女性の絵。しばらくその絵を見つめていた柚姫はその瞬間思わず息を止めた。


「・・・え」


 不意をつかれたような無防備な声が口からもれる。柚姫の視線の先にあるのはその絵ではない。そこに描かれた女性のしたに書かれた文字。


 読むことのできない文字の上にシャーペンか鉛筆で書かれたと思われるルビが小さくふってある。それは日本語ではないが、自分のよく見知った文字だ。


「エミリア・テ・ヒイル・エアリア」


 指で文字を追い、呟いたのは名前。ヒイル・エアリアで共通語とされたいる文字で書かれた自分のよく知る姫の名前だった。


「なんで・・・」


 混乱しながらも、もう一度文字に目を凝らす。やはり、見間違いではなく何度見ても“エミリア・テ・ヒイル・エアリア”としか読めなかった。


 すぐさまページをめくり、自分の知る文字を探した。だが、書かれているのはやはり読めない文字ががびっしりと書かれている。


 それから黙々とページをめくっていき、結局最後のページにたどり着いても挿絵もルビもほかになく、何も見つけることは叶わなかった。柚姫は肩に力が抜けるのを感じた。


 知らぬ間にこわばっていたらしい手の力を抜いてもう一度挿絵のページを開いた。


 竜が雲の上で空を覆うように翼を広げ、竜よりもずっと小さく描かれた女性はドレスらしきものを纏い、王冠らしきものを頭に乗せ大地の上にたっている。荒いタッチのそれは特別でもなんでもなく、どこかにありそうなファンタジックな絵である。


 それゆえ初めは特に気にしていなかったのが、改めて見るとヒイル・エアリアという世界そのものを描いたように見える。


 そう認識した途端心臓がどくりと大きく波打った。


 そして忘れていた思いが形を成して浮かび上がる。


“もしかしたら自分と同じように記憶を持って生まれ変わった者がいるのではないだろうか”


 幼少の頃、その可能性を思い浮かべて期待したことがあった。


 柚姫は金銭的にも環境的にもとても恵まれた家庭に生まれたが、それでもどこか拭えぬさみしさが常に心に住み着いていた。わがままかもしれないが、懐かしい世界を共有でる者がいたらと願ってしまうことが幾度もあった。


 だが、前世の記憶があるということを本気で口にするのははばかれるものである。特に日本はそう言う風潮にある。そんな中でいるかも分からない同胞と出会う確率はとても儚いものではないか感じるようになった。


 なんの確証もなく希望を抱き続けるのは辛いことで、柚姫は柚姫として生きていくうちに、無意識にその思いを隅に追いやったのである。

 

 だからこそ突然湧いて出た小さな希望に、期待と困惑の入り混じった思いが押し返す波のようにやってきて心拍数を上げる。


 “もしかして”という思いが湧き上がる。けれど確信に迫れるものは何もない。


 これは吉村の本であるが、随分と古そうな本であるし、このルビを降ったが吉村だとは言い切れないだろう。


 あの夢か現実かわからない夢を見たと思ったら、今度はこんなものが舞い込んできた。偶然なのかそれとも何かあるのか。


 吉村に話を聞きたい衝動は少なからずある。けれど、思考の冷静な部分が、もし吉村にあったとしてもつい先日会ったばかりの顔見知り程度の人間に、確証のないことをどうやって聞くつもりなのかと問いかけてくる。


 ぐるぐると堂々巡りな思考を巡らせた末、柚姫は今一度落ち着くために大きく息を吸いそして長く息を吐く。

 そこで自分が立ちっぱなしであったことを思い出し椅子に腰掛けた。


 時計を見ればいつの間にか0時を回っていた。

 それを見て、差し迫って重要なのは今夜のことだと思い立つ。


 吉村についてはどんなに考えても答えなどでないからとどうにか思考を切り替えて、まずは今夜夢を見る前に何か出来ることはないのだろうかと考えることにした。

  

 数分の沈黙の後、柚姫はおもむろに棚からノートを、ペンケースからシャーペンを取り出して机に向かって文字を書き出した。

 まるで小学生の漢字の書き取りのごとく白いページが模様のような文字で埋めた頃、「よし」と小さく意気込んでノートを閉じて立ち上がる。


 それから早々に冷房のタイマーをつけ、電気を消してベッドに潜り込み、過去に思いを馳せながら柚姫はゆっくりと目を閉じた。


 


 



 

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