祝福と予兆6
家についてから柚姫は早々に風呂に入った。
今日は突然用事が入り、考えないようにしていたが、夢のことはずっと心に引っかかったままである。
また寝ているうちに見るかも知れない。いやきっと見るのだろう。なぜか確信めいたものが柚姫の中にある。
そしてただの夢と言い切れない何かを感じていた。それが何なのかはわからない。だからこそ、今日は早めに寝てその何かを探りたいと思った。
夏場なので湯船につからずシャワーですまし、風呂から出てパジャマを着て髪を乾かす。細くて長くない髪は直ぐに乾くのでこの時ばかりは好ましい。
そうして出てきたところで利保がダイニングでカバンをひっくり返しながら大きな声を出した。
「あー、渡すの忘れた!」
柚姫が歩み寄って利保の手元を覗き込む。その手に持っていたのは本だった。それも古書と呼んだほうがいいであろう年季の入った装丁の本である。
「それ、おば様のじゃないよね?」
「ああ、柚。出たんだ。ええと、これは栄ちゃんの本だよ」
柚姫に気づいた利保は肩をおとして溜息を吐いた。
「レオが前に借りたのをずっと忘れてて、先週掃除してたら本棚の隙間から出てきたの。今回地元によって来るって言ったらついでに返しといて欲しいて言われたんだけど、すっかり忘れてたわ。やっぱりカバンのそこに入れといたのがいけなかったなぁ。無駄に厚くて重いし、しかも中身もよくわかんないし。改めて見てもなんでこれ借りたのかわかんないなぁ」
利保は途中からぼやくようにパラパラと本をめくりだした。確かに利保の言うとおりその本は厚くて重そうだ。そしてさらにその本に書かれた文字をみて首をかしげた。
「これは何語?」
そこに書かれているのは日本語ではない。そして英語でもない。さらに言えばフランス語、ドイツ語、はたまたハングルなどでもない。およそ見慣れぬ文字と思わしき記号の羅列である。
柚姫の質問に少し思い出すような仕草をした利保だったが結局思い出せないようで、眉間に皺を寄せて唸りだした。
「えっと、思い出せないならいいよ」
「うーん、なんか耳慣れない感じの名前だったのは覚えてるんだけど・・・。無理矢理カタカナにしたような・・・?まぁレオか栄ちゃんに聞くのが早いかも。それよりもこれをどうするかが問題よ」
「返すんじゃないの?」
「私、明日家に帰る予定。定期検診だから」
あっさりとした様子でそうのたまう。突然来たかと思えば去るのも突然である。
だが定期検診をすっぽかすほど奔放ではなかったことに柚姫は安堵した。
実際すっぽかさないのが当然だが利保を知る者からすれば共感するだろうと柚姫は思う。
「今日はメールか電話でお詫びしておいて、また今度返しに行けばいいんじゃないの?今度二人で会いにいくんでしょう?」
「せっかく持ってきたのにそのまま持って帰るなんて癪だわ。あー、栄ちゃんに返すって前もってメールしとけば良かったなぁ」
不満げな様子で利保はそう言い切った。確かに利保が借りたものではないがその思考の展開の仕方は言ってしまえばわがまま以外の何者でもない。
柚姫は少し呆れながらも少し考えた後、救いの手を差し伸べることにした。
「おば様が吉村さんに連絡をしておいてくれれば届けに行ってもいいよ。どうせ夏休みで暇だから」
「えっ!いいの?やった!」
柚姫の提案に遠慮の様子もなく利保は喜色を示す。
他の人間だったら顰蹙ものの反応だったが、柚姫からすればそれが利保の利保たる所以といったところで仕方がないと言わんばかりに苦笑を浮かべる。
「でも、時間と場所はちゃんと吉村さんに指定してもらって、決まったら私の方にもメールをするのを忘れないでね?」
それだけはちゃんとしてくれないと困るのでしっかりと釘を刺す。それに対し利保は「イェッス・サー!」といって茶目っ気たっぷりに敬礼をして満面の笑みを浮かべた。
柚姫は「せめてサーじゃなくてマムにしてね」と言葉を返し苦笑を浮かべた。
自覚はある。柚姫は利保にだいぶ、いや、かなり甘いのだ。




