祝福と予兆3
日が暮れる前に、利保の結婚祝いはお開きとなり、今は吉村家にいるのは利保と柚姫と璃梨の3人だけである。なぜか帰らずにここにいるのか。それは吉村たちが帰ってこないからである。
「遅いわね、吉村君。何かあったのかしら?」
璃梨がそう言って店に備え付けられた時計に目をやった。吉村は1時間で帰ってくるといったが、今はすでに5時をまわり、出ていいてからゆうに3時間ほど経っている。
さすがに店を開け放ったまま勝手に帰ることはできるはずがない。
だが、彼女らは近所に住んでいるわけではなくほとんど他県からきているそうなので、早めに帰らないと交通手段がなくなってしまう。
そんなこともあって、利保は自分が待つから帰っていいよといったのだが、皆うんとは言わなかった。そこでわりと近所に住んでいる璃梨が一緒に待つと申し出たところ、璃梨がついているなら安心だとみな帰ることにしたのである。
そんな光景に璃梨への信頼が感じられた。利保は信用されていないわけではないのだろうが、その危なっかしさは誰が見ても感じるもののようで柚姫もそれについてはなんとも言いようがない。
「うーん。そうだねぇ。でも日が暮れたらじい様は確実に帰ってくると思うよ」
利保が珍しく心配そうにそう言うとがらりと戸が開いた。
「おう、嬢ちゃんたちまだいたのか!」
片手を上げて入ってきたのは60半ばほどの白髪まじりの小柄な老人であった。
「あ、おじいちゃん、おかえりー!」
「ただいまさんよ。ん?そこの嬢ちゃんは初めてましてだな」
噂をすると影と言わんばかりに帰ってきたのは吉村の祖父なのだろう。口調は軽いが眉根を寄せた表情がどこか吉村と似ている。
「私の姪っ子!可愛いでしょう!」
「おう、嬢ちゃんに似てるな。別嬪さんだ。3人そろうとアイドルみてーだなぁ」
自慢げに言う利保にうんうんと頷く吉村の祖父。さらに「相変わらず口がうまいねぇ」と利保が言うと「いやぁ、俺は世辞なんかいわんよ」と茶目っ気たっぷりの返し、非常に楽しそうである。
そんなやりとりに割って入ったのは璃梨である。
「そういえば吉村君は?確かお祖父さんの忘れ物を届けに行くと言っていたと思うんですが」
忘れ物を届けに行くといって出て行ったがまだ帰ってきていない。一緒じゃなかったのかという意味を込めて聞いた言葉に吉村の祖父は少し瞬きをして眉尻を下げる。
「あー、そうか、うん。忘れ物は受け取ったんだが、他の用事も頼んじまったからな。嬢ちゃんたち留守番させてすまんな」
謝る吉村の祖父に璃梨は頭を降った。
「いいえ、それならいいんです。1時間で帰ってくると言っていたのに連絡がなかったのでちょっと心配になっただけなので」
「そうだよね。栄ちゃん、ちょっとびっくりするくらいピッタリ時間厳守だし、寄り道とかするタイプじゃないもんねぇ」
ふたりの言葉に吉村の祖父は苦笑を浮かべる。
「確かにあいつは体に時計が埋め込まれてるのかって思うときがあるからなぁ。俺でもたまに驚かされる。」
その言葉を聞いて柚姫は利保に聞いた話の断片を思い出す。
吉村は小中学生時代“人間メトロノーム”もしくは“人間タイムウォッチ”などと揶揄されるほど体内時計の正確さに定評があったという。柚姫はそれにまつわる話をいくつか聞いていたのを思い出す。
「まぁ、そういうこった。用が終われば帰ってくるさ。それより嬢ちゃんたちせっかくだし夕飯食ってくといい。俺のおごりだ」
人のいい笑顔を浮かべる吉村の祖父の言葉に利保は歓喜の表情を浮かべる。
「エビ天丼で!!」
「もう、利保ったら」
「おば様、昨日もそれ食べてなかった?」
「昨日は栄ちゃんの!今日はじい様の!味を受け継いでも作り手の個性はにじみ出るものなのよ!」
握りこぶしで利保は力説した。そんなものなのか思っていると吉村の祖父が楽しそうに笑う。
「ははっ。嬢ちゃんらしいな。そら、他は何がいい?遠慮すんな。若いもんは年寄りの好意には甘えておくもんだ」
その言葉に柚姫はなんとなく璃梨の方を見ると目が合って、互いに小さく微笑んだ。
「ではお言葉に甘えて、天ざるを」
「ええと、じゃあ、野菜天丼をお願いします」
「海老天・天ざる・野菜天な!ちょっとまっててくれ!」
そういってカウンターの中に入って調理を始めた。
しばらくして目の前に運ばれてきた出来たての天丼は口にして柚姫は利保の騒ぐに納得する美味しさだった。




