祝福と予兆2
「そういえば旦那さんはどうしたの?」
口を開いたのはなつみである。利保はその言葉に対しまたしても口にほおばったまま意味不明な言葉を話す。
「あっひにおひへひたひょ」
「飲み込んでから話しなさいよ」
琴音が呆れたように言いながら烏龍茶を利保のグラスに追加した。利保はそれに頷いてグラスを一気に煽る。飲み干してグラスをテーブルに置いたかと思うと「ぷはー!」と息を吐いて腕で口元を拭った。
璃梨とは別な意味でグラスの中が酒のように見える。大人を通り越しておっさんである。
柚姫は利保の言葉を待った。昨日あのまま寝てしまったので利保からなにも聞けていので、なつみの疑問は柚姫にとっても聞きたいところであった。
「レオはおいてきたよ。仕事だから」
「そうなんだ。会いたかったのになぁ」
利保の返答になつみが残念そうに呟いた。ほかの二人もなつみのようにあからさまではないが、同じように思ったのがその表情でうかがい知れた。
レオという人物は柚姫も知っている名前である。というのも3年前に利保と付き合っていた日米ハーフの青年で駆け落ちの相手でもあるからだ。
彼は利保より二つ年上で、アルバイト先の喫茶店の客だったという。写真を見せたもらったことがあるがハーフといっても日本人の血の方が濃いようで、見た目として目鼻立ちは整っているがハーフと言われない限りはわからない顔立ちである。
性格は聞く限りでは相当変わった人で、まだ高校生だった時から思い立った時に旅に出てしまうとう放浪癖があり、お土産と言って明らかに自力でとってきたと言わんばかりの山菜や、魚や貝などを差し出すような人物だという。
柚姫は利保が家出もとい駆け落ちするまで度々レオについて話を聞いていた。その内容は驚かされるようなものも多いがその根本的なところを言ってしまえばノロケである。
自分に気持ちに素直な利保はその行動も真っ正直であり、レオにであってすぐ、当時17歳で結婚を決意した。その旨を利保の父であり、柚姫の祖父に了承を得ようとしたところ、当然大反対に合いその後1年神崎の家の親子は喧嘩が絶えなかったという。
柚姫自身はもとからあまり神崎家に足を踏み入れることがなかったので、伝聞でしかないが、きっと相当空気が悪く、居心地も悪かったのだろう。
それが容易に想像できるほどにあの頃の利保の纏う空気はどこか重く、常の利保にある底抜けの明るさが鳴りを潜めていた。
だから利保が卒業式直後に駆け落ちの話を聞いたときそこまで驚くよりも、ああやっぱりなという思いが強かった。
17歳というのは微妙な年頃の娘が、突然連れてきた無職で放浪癖のある未成年の男連れた来て結婚すると言われても簡単に許す親は多くないだろう。 だが、利保の奔放な性格を考えると当然の結果と言えた。
むしろ一年我慢したという方が意外だったが、それは高校の友人たちの存在が強かったのだと今は思う。利保が柚姫にレオと同じくらい高校の友人のことを楽しそうに語っていたものである。
「レオさんは今何の仕事をしているの?」
「そういえば高校卒業前は何かしらの店を持ちたいとか言っていた気がするけれど。結婚しましたとか、子どもができましたとか、唐突に知らせてくるくせに細かいことは何も言わないんだから」
琴音が尋ね、それに璃梨もため息混じりに言葉を重ねた。質問の内容からしてどうやら彼女たちも近況は詳しくは聞いていないようである。
「ごめん、ごめん。一応軌道に乗ってから知らせようかなと思ったからさ。今は便利屋やっているよ」
思いもよらぬ職業に黙って聞いていた柚姫は、思わずオウム返しをした。
「便利屋ってあの便利屋?」
あのってなんだと聞き返されても何とも言えないが聞き返すものはいなかった。皆その返答は予想外だったようである。
「それって具体的に何するの?」
なつみが首をかしげて率直に問う。なんとなくイメージはできるが輪郭が非常にぼんやりとしている。
「えーと、うちはとりあえず荷物運びとか掃除とか仕事が多いかな?基本としては要望に応えられる範囲で依頼を受けるってところかな?」
「依頼ってどうやってうけるの?どっかに店とかひらいてるの?」
「ううん、店はないよ。ネット上のホームページ開いてメールで依頼を受けるの。」
「それって怖くない?」
「初めは変なメール来たけど、それなりに顧客が増えてからは顧客からの紹介以外は受け付けないようにしてるから。儲からないけどいろんな人と親しくなれて面白いって。それに仲良くなった家の人から色々とおすそ分けとかもらえるのが結構嬉しいよ。」
なつみの質問にそう言って利保は楽しそうに笑う。安定した職ではないのは明らかで心配になる部分もあるが、幸せなんだということがよく分かる笑顔をされると文句をつける気は起きないのだろう。
今度は璃梨が一言だけ注意した。
「まぁ、楽しそうで何よりだけれど、あまりまわりを心配させるものじゃないわよ?」
「百華姉さんにも璃梨と同じこと言ってたなぁ」
「あなたを知っている人からすれば心配するのは当然よ」
璃梨と利保のやり取りの笑い声が起きる。そんな時店の奥から物音がし、店の奥の扉が開く。
「おお、栄ちゃん。どうしたの?」
利保の視線の先にいたのは吉村であった。相変わらずの無表情で肩をすくめた。
「祖父さんが出先で忘れ物。届けに行くけど1時間で帰ってくるから」
「そうなんだ。あ、料理は後から来る子達が持ってきてくれるから、勝手にカウンターの中には入ったりしないから大丈夫。行ってらっしゃい」
吉村はその言葉に頷いて、一言「ごゆっくり」と声をかけて早々に去っていった。
なんだか、身内みたいな会話だなと柚姫が思っていると、璃梨が吉村が去った扉の向こうに視線を向けた。
「どうしたの?」
璃梨の様子に気がついた利保が声をかけると璃梨は少し曖昧に笑う。
「ううん、別に何もないよ。ただ相変わらずだなぁと思って。それに彼の喋り方のどうにも違和感があるのよね。私は小中と同じ学校だったから」
「ああそっか!」
璃梨の言葉に利保が頷いた。他のふたりはなんのことだかわからないようで顔を見合わせ、柚姫も何のことか分からず利保を見た。
そんな時がらがらっと店の入口が開き、数人の女性が入ってきた。
「さっちゃん先輩!ユキムー!あれドラ子に虎子もいる!」
「よっす!もうやってるね!」
「利保ちゃん先輩!お久しぶりデース!」
「ははっ、いちゃ悪いんかい!」
「りほっぺ相変わらずー。」
元気よく声をかけてぞろぞろと入ってきたのはみんな高校学生時代の親しい先輩・後輩たちらしく、口々に祝いの言葉をかけて利保に抱きつく。なんだか日本ではないような光景である。
そんな雰囲気に巻き込まれてなぜか柚姫も抱きつかれることになった。
挨拶を終えるとその後は、もう一度乾杯をしたかと思うと今度は店の中央で2人の女性が漫才のようなものを始めた。
昨日吉村が言っていた余興とはこのことかと思いつつ、女子大生がするには少々捨て身すぎる自虐ネタともいえる内容を披露され、柚姫としては自分が聞いていいのだろうかと若干心配になる内容である。
けれど、みんな慣れた様子で笑っているのをみて、柚姫も余計なことを考えるのはやめ、普通に楽しむことにした。
余興が終わってから話しを聞いたところ、彼女らはイベントごとによく駆り出される二人だそうである。それに対して柚姫は納得とばかりに頷いた。




