祝福と予兆1
貸切りにされた蕎麦処・吉村屋はいつもの純和風の内装はまるでクリスマスパーティーかのようにきらびやかに飾り付けられ、テーブルを囲う数人の女性のうちの一人が立ち上がり満面の笑顔でグラスを持ち上げた。
「それでは利保の遅れた結婚祝いとおめでたを祝してー」
『かんぱーい!!』
グラスがカンッと小気味のいい音を立る。女性たちは口々に利保におめでとうと声をかけた。利保はそれに嬉しそうに「ありがとー!!」といってグラスをぐいっと傾けた。もちろん酒ではない。ただの烏龍茶である。
今日は昨日吉村が言っていた通り、利保の友人たちが結婚祝いパーティーが行われた。今祝ってくれる友達は女性3人だった。
接点のない柚姫は若干居心地の悪さを感じながらもそのパーティーに参加している。
なぜ参加しているかというと理由は簡単。百華に頼まれたからである。
昨日の夕方眠りについたあと柚姫が目を覚ましたのは次の日の朝だった。
起きてリビングに行くとそこには百華に叱られる利保がいた。話を聞くところ利保は今日出かけるにもバイクで行く気だったらしい。そして更に「今日は飲むぞ!」などのたまったらしく百華の逆鱗に触れた。
「妊婦の自覚を持ちなさい!!」と利保を叱る百華は美人が怒ると夜叉になるという言葉を体現していて非常に恐ろしかった。怒られていない柚姫も冷汗が出るほどだった。
柚姫は飲酒運転については注意しなくていいのだろうかと心の中でおもったが、それを軽く口にできる雰囲気ではなかった。
だが百華も出勤時間に間に合わなくなるのでお説教を直ぐに終わり、その後、柚姫に「今日はこのおバカを監視して頂戴」と、艶やかな笑顔で柚姫に命じた。有無を言わさぬ微笑みである。
我が家において母・百華の言葉は絶対であった。そして百華はその場で利保に友達と連絡を取らせ柚姫の参加をねじ込んだ。
幸い気のいい人たちだったので「人が多いほうが楽しいから大歓迎ですよ」と言ってくれた。
そんなこんなでひと騒動あって夢のことは頭の隅に追いやられ、柚姫はこの何とも言えない状況に置かれることになったのである。
「はい!柚ちゃん!どんどん食べてね!」
そう言って柚姫の前に大皿を差し出したのは明るい茶髪を頭のてっぺんでくくった派手目の女性だ。名前は高倉なつみ。利保の高校時代の同級生である。
「ありがとうございます」
そう礼を言って受け取るとなつみはカラカラと笑う。
「嫌だ、もう!そんなに硬くならないで!気軽にお姉ちゃんって呼んでね!」
非常に明るき気さくな人だ。外見とテンションが少しだけキーラに似ている。ぼんやりキーラの顔を思い浮かべていると隣に座っていた女性がそれをたしなめた。
「こら、なつみ。急にそんなこと言われても柚姫さんが困っているでしょう?」
少しハスキーな声と、真っ直ぐな黒髪の女性である。名前は佐々木琴音という。まさにお姉さんといった風情である。
「いいじゃない、せっかくのお祝いなんだし!だって柚ちゃんお人形みたいで可愛いんだもん!後で凛梨とツーショットで写真とってもいい?」
なつみは琴音の言葉にめげることなく、さらにテンション高く柚姫に詰め寄った。
そんななつみの様子にため息をついて琴音は柚姫に「ごめんなさいね。この子馬鹿なの」と辛辣な言葉を口にした。
「ひっどーい!だってこんな可愛い子たちがいたら写真撮りたくなるってもんでしょう?ねぇ、凛梨もそう思うでしょう?」
「凛梨を巻き込まないの!」
打てば響くといった二人の会話に口を挟まず柚姫が成り行きを見守っていると、向かいの席からクスクスと笑う声が聞こえる。
声の主は野々村凛梨。肩につくかつかないかのゆるいパーマのかかった髪にぱっちりした大きい目。年よりも幼い印象の可愛い女性である。
言い合いを止めることなく、にこにこと笑っている。そんな凛梨が今度は柚姫を見てにこりと笑う。
「気にしなくても大丈夫よ。あれはじゃれあっているだけだから」
さらりとそう言ってグラスを傾ける。グラスの中身は利保の合わせて烏龍茶のはずなのだが、その仕草にお酒が入っているかのような錯覚を覚える。 璃梨は見た目に反し、この中で一番大人のようだ。
柚姫は個性の強いな3人を見ながら、自分も烏龍茶をひとくち飲んだ。
そして肝心の主役の見ると満面の笑顔で料理をほおばっており、頬がまるでリスのように膨らんでいる。他のことは眼中にないようだ。
微笑ましい光景とも言えなくはないが、成人女性としてはどうかと思いつつ柚姫は苦笑を浮かべた。
「おば様、そんなに急がなくても料理は逃げないよ」
「おいいひいんはほん」
柚姫の言葉にもごもごと咀嚼しながら利保が何かを言う。
何を言っているかさっぱりわからないが非常にいい笑顔を向けてきた。まるで子どものようだ。それに対して璃梨は呆れたように笑う。
「この子が母親になるなんて世も末よね」
璃梨が柚姫にそう思わない?と同意を求めるかのように茶目っ気を含んだ視線を送る。その言いようは百華が利保に向けるものにとても似ていて柚姫は思わず笑いがこぼれた。
居心地の悪い感じはもうなくなっていた。




