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ひとつの現実12

 リルがキーラたちの話をしたとフレイルの目がわずかばかり細められる。


「ほう、初日で帰りに茶をしてきたのか。人見知りのお前がよくやったもんだな。この間まで新人の研究員が来たってだけでオロオロしてたのになぁ。人間の成長ってのは早いもんだ」

 

「フレイルそれおじさんみたいだわ」


 感慨深いといった様子でそう食後のお茶を口にするフレイルにリルはくすりと笑う。


「言うじゃないか。まぁ、実際に人間からすればおじさんなんてとうにと通り越してるがな」


 フレイルも否定することなく小さく声をてて笑う。


 実際にフレイルの年齢は軽く100歳を超えているので、リルからすれば完全におじいちゃんである。

 人間とドラゴンは寿命も成長速度も違うので、精神年齢は人間と比べることはできないが、フレイルからするとリルがついこの間まで赤ん坊だったように感じるらしい。


「何にせよ。めでたいことだ。その調子で頑張れ。でもあんまり浮かれてると下手打つから気をつけろや」


 リルは一言多いと思いつつも実際その通りとも思ったのでフレイルの激励に素直に頷く。


「とりあえず今日の課題から頑張ることにするわ」


「おう」


「じゃ、そろそろ帰るわね。今日はありがとう」


 リルはそのまま立ち上がってフレイルの家を出た。城の中は明かりがともされているがやや薄暗い。

 そして窓の外に至ってはもう陽は沈み、月明かりが差し込んでいる。だいぶ時間がたっていたようだ。


「寄り道すんなよ」


 後ろからそう声をかけられリルは苦笑を浮かべている。


「こんな時間に寄るところなんてないわ」


 フレイルの尾が縦に揺れるのを目の端に捉え、リルは背を向けて駆け出した。

 振り返るとフレイルはまだそこにいてリルが手を振ると、さっさと帰れと言わんばかりに手を振り返された。


 少し声を上げて笑いながらそのまま部屋を抜けて廊下を歩きだした。













 夜の廊下はとても静かで、リルの足音ばかりがあたりに響く。 

 城の警備は基本的にいくつかの魔法によって行われており、騎士は直接警備する場所は城内にはあまりない。

 だから、リルがこうやって歩いていて誰かに会うということは滅多のないことである。

 そう、滅多にないことなのである。


「どうして笑っていられるんですか?」


 後ろから突然聞こえてきた声にびくりと驚く。抑揚のない、少し高い子ども特有の声。


 リルが振り向くとそこに立っていたのは自分よりも頭1つ分ほど小さい男の子。リルと同じ黒髪黒目で、見た目の年齢にそぐわない大人びた印象の少年だった。


「どうしてですか?」


「えっ?」


 少年はリルに再び問いかけた。何のことかよく分からずリルは困惑する。 目の前にいるのは見たところ知らない少年である。


 ”リル”の過去の記憶を掘り返してみても夜の城でこんなふうに声をかけられたことは一度もなかったはずである。

 状況を考えてみても夜の城の廊下にこんな子どもがいるというのもおかしな話なのだが、不審者と呼ぶには幼い。


 当の少年は何をするでもなく、それ以上何も言わずただひたすらまっすぐとリルを見つめている。


 二人の間にしばし沈黙が落ちる。

 なぜこんなところにいるのか分からない。そしてなぜ自分にそんな質問をするのかわらない。

 イレギュラーに弱いリルが言葉に詰まっていると少年は少しだけ目を細め、小さく呟いた。

 本当に小さな呟きだったが、誰もいない深夜の廊下では十分な大きさだった。


「誰も助けてくれないのに・・・」


 少年の言葉にリルは息を呑む。一体少年は何を指して言っているのかわからない。だが、その言葉はリルの心に突き刺さった。


 誰も助けてくれない。


 ”リル”は助けて欲しいと思ってはいない。そう思っていた。”リル”はそうだったはずである。

 そうせざるおえない状況だったとしても自分は納得して受け入れたはずである。


 そのはずなのに今リルの心は大きく震えた。


 死ぬのは怖い、悲しい、辛い。柚姫として生まれ変わることを知っている今でも変わらず、その思いは心に深く根付いている。

 むしろ死ぬ間際まで記憶があるからこそどうしようもなく心が乱される。


 柚姫として生きた記憶のないただの”リル”であった頃の方が、よほど覚悟を持っていたのではないだろうか。


 きっと、見ず知らずの少年の言葉にこんなに狼狽えることもなかったはずだ。それが虚勢であっても使命だから、自分の意思だから助けてもらう必要などないと言葉を返すこと位は出来ただろう。


 だが、言葉を返すことができずリルは少年の視線から逃れるように俯いた。

 沈黙を破ったのは少年である。


「使命だからって・・・言わないんですか?」


 少年の放った言葉はどこか先程までと少し違った。ふとリルが視線を上げるとそこにあった少年の瞳は少し驚いたように開き、先程までの無表情と違い、随分幼く見えた。

 まるで、リルがそう言うはずだったかのような口ぶりだ。どう言葉を返すか迷いつつリルは口を開いた。


「・・・どうして?」


 リルの言葉に少年は少し考えるような素振りを見せる。そして少し沈黙したあと言葉を紡ぎ始めた。


「あなたはいつも笑ってそう言っていたから。・・・きっとまたそう言うと思ったんです。今日は・・・言わないんですね」


 そう言った少年の顔をリルは見つめる。

 表情はほとんど変わらないというのにその瞳はどこか喜色が浮かんでいるように見えリルは既視感を覚える。


 そのままぼんやりと少年を見ていると、今度は少年が視線を横にそらした。リルは無意識に少年の視線の先を追った。その先には窓。そして窓の向こうには煌々と輝く月があった。


 地球よりも少し大きく光の強い月に目をひそめ、横目で少年を窺う。だがその時にはもうそこに少年はいない。

 辺りを見回すが人影すらない。リルは再び一人そこに取り残された。


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