ひとつの現実10
「今日は顔色がいいみたい。良かったわ」
エミリアはふわりと微笑む。するとベッドの脇の椅子に腰掛けていたリルの肩から、エミリアの膝の上に夕日色の小鳥が舞い降りた。
『王女殿下と確認しました。お初にお目にかかります。リル・リトルの”道標”個体識別名“ウィル”です』
唐突なウィルの自己紹介にエミリアはパチパチと瞬き知ったあとその瞳に好奇心を浮かべる。
「まぁ!この子がリルの”道標”なの?とても可愛らしい小鳥さんね。リルをよろしくね」
そう言ってエミリアはその指先でウィルの頭をなぜる。するとウィルは気持ちよさそうに目を細めてその指に擦り寄った。それは鳥というより猫が飼い主に甘えるような仕草に似ている。
実際には鳥の形をモデルとしているだけなので、鳥らしい必要は全くないがやはり視覚的には少しだけ違和感を覚えるところがある。
「この子は随分高度な魔法の構築をされているみたいね」
「そうですね。私も他の”道標”は知らないですけど、自発的に会話するとは思っていなかったので意外でした」
興味深げにウィルを観察するエミリアにリルは苦笑を浮かべる。
普通どの”道標”も話せるよう設定されているが、それはこちらの疑問に答える形でしか反応しない。
ウィルはそれと比べると若干ずれがあるものの普通の会話ができる。その点が普通の”道標”とは一線を画しているといえる。
「ふふ、見ていると私も欲しくなってしまうわね。魔法なら毛も飛ばないし、今度作ってもらおうかしら」
エミリア楽しそうにそう語る。王宮内では本物の動物を室内で飼うのは基本的にタブーとされている。
一応”道標”は役割を持って作られるがエミリアは単純に愛玩用として欲しいようである。
だがそれも仕方のないことだろうとリルは思う。エミリアはその立場と病弱さゆえに外に出ることはほとんどない。同じ年頃の人間どころか会える人間は数える程である。
あまり表に出さないず、いつも微笑みをうかべている気丈な姫だが、15歳の少女としては当然寂しいのだろう。
リルもエミリアほどではないにしろ今まで閉鎖的な空間で暮らしてきたのでよくわかる。
リルとしては自身が学院に通う許可が得られた時、エミリアも一緒に通えたらきっと楽しいだろうなと思ったことはあるが、所詮かなわぬ願いである。
だからせめてその寂しさを癒せるようにとリルはエミリアの言葉に笑って頷いた。
「いいですね。魔力を十分にこめれば、本物とかわりない質感の再現できるらしいですし。エリー様どんな動物がよろしいんですか?」
「そうね。私は実物を見たことがあるのは小鳥くらいしかないけれど、どうせなら抱いて寝れるくらいの生き物がいいかしら。とてもあたたかそうだわ」
エミリア腕をめいいっぱい広げて大きさを示す。とても小動物とは言えない大きさだがエミリアが楽しそうであればどうでもいいことだ。
そんな話でしばらく話が盛り上がっていると唐突にウィルが声を上げた。
『日没を確認しました』
「あら、もうそんな時間?気がつかなかったわ。もう夕餉の時間ね」
少し残念そうにエミリアがそういうとちょうどノックが聞こえてきた。どうやらメイドがエミリアに夕餉を運んできたのだろう。
「すみません、長居してしまいましたね。エリー様、私はこれで失礼いたします」
そう言って立ち上がって一礼したあとエミリアがリルの腕をそっと掴む。そして微笑んで祝いの言葉を口にした。
「リルがとても楽しそうで良かったわ。学院編入おめでとう」
不意打ちのその言葉にリルは数回瞬きしたあと笑顔を向けた。
「ありがとうございます」
リルはエミリアにそう感謝の言葉を返す。
嬉しい気持ちと同時に少しだけ申し訳ないという気持ちがあった。
エミリアはないものねだりをしない。彼女は学院に通いたいなどとは言わない。
通えるようになったリルにエミリアはただ純粋に喜んでくれる。
そういった心配りができるエミリアは本当に稀有な人だった。
病弱ながらも常に背筋を伸ばして慈愛の瞳で微笑んでくれる。リルにとってエミリアは憧れの存在だった。
扉が開くとメイドが一礼したあとワゴンを押して室内に入ってきた。
邪魔にならないようリルはお辞儀をもう一つして部屋を出た。扉の前のマーティアのも挨拶をしてその場を後にした。
そして自室に向けて足をすすめる。メイドが食事を運んできたからか、ふわりといい匂いがだだよっていた。
この世界の主流エネルギーは魔力。膨大な魔力があればそれが食事の代わりとなる。魔力というのは使っても時間が経てば自然と体に戻ってくる。
ただ必要以上に使うとすぐには回復しないので食事を取る必要がある。物質中の魔力は肉体に取り込みやすいのである。
魔力のない人間というのはいないが、低い人間は燃費が悪くすぐに空腹になるので食事を幾度も取る必要がある。
エミリアの場合、魔力は高いが体の方が弱いので、体を補助する魔法薬を使った食事療法を行っており食事をとることが多い。
リルは訓練で魔力を使わない限りほとんどものを食べる必要はなかった。
今思うと”リル”が当然と受け入れていたこの世界の摂理は随分と面倒なものだと感じる。
食べなければ死ぬという地球の常識は全ての人に通用するわけではないが、全く食べなくていいというわけでもない。
魔力のは命に直結するが、寿命は皆バラバラで、食事の必要性も同じく個々で違うである。
それが当然であるから人はそれぞれバラバラな食生活を送っている。家族であっても魔力の高さが違えば食事の必要性も変わってくるので大変なことである。
兄弟で方や1日3食、方や殆ど食べないということも珍しくはないのである。
リルは特に食に興味はなかったが、魔法薬料理は気に入っている。そんなことを考えていると食べたくなってきてしまうのは世界が違っても同じなのかもしれないリルは思った。
リルさっと方向転換する。向かう先は自室ではない。馴染みの青いドラゴンのいる家である。




