ひとつの現実7
一日が過ぎるのは早いものであった。
魔法学院は基本として2学年までは取るべき授業は決まっており、教室はほとんど毎回違うので休憩時間も移動で終わってしまう。あっという間に放課後がやってきた。
帰り道はすっかり打ち解けたキーラが当然のように一緒に帰ると言ってついてきた。そして、ルーディはキーラのお目付け役としてついてきた。これもいつものパターンとでも言うように周りのクラスメイトは当然のように見送った。
教室を出たリルの隣を歩くキーラは機嫌よく弾むように笑っている。
「そういえばリルは個別教室にいたんでしょう?一対一じゃ居眠りとかできないから困っちゃうよねぇ」
えへへと笑うキーラにすかさずルーディが言葉を挟む。
「居眠りする前提で話すなよ。それはお前だけだ」
「ふふ、居眠りはしたことないかな。眠いなぁって思うことはあったけれど」
相変わらずだなと思いながらリルは二人の会話に返事をする。
個別教室とは学院内でも特殊な魔法能力を持つ生徒が通う教室のことである。
実際には通ってはいないが、リルの席は表向きには一学年時からその個別教室に置いてあったことになっている。
これはリルが孤立しないための措置であり、またほかの生徒たちに余計な不安を与えないようにする計いである。
国の最高研究機関で囲わないといけないほどの存在を、そのまま一クラスに放り込むのは全てにおいて悪影響である。
個別教室の通う生徒はそう多くはないが、そこでのカリキュラムを終えたあとクラスに合流するというパターンはままあるので、ほかの生徒からすれば受け入れられやすいのである。
そしてこの魔法学院の精神系魔法科に集まる生徒の大抵は、王都の魔法学校の精神系魔法特殊学級から持ち上がってきた者が多い。
精神系魔法特殊学級は本人だけが使える固有魔法という魔法能力を持った子どもを受け持つ学級である。
リルの魔法とはまた違って数もそれなりにいるが、全体を見れば珍しい部類に入る。
精神系魔法は物質系魔法より素質に左右されかつ扱いが難しい故に、幼いうちになるべく同じ学校に集めて教育を行うことが推奨される。
それが固有魔法を持っているならば言うまでもない話である。
さらに固有魔法にも物質系と精神系の両方に存在するが、前者は魔力さえあれば努力することである程度はどうにかなるが、後者は完全に素養の有無がものをいう。
教育現場では精神魔法の素養があるものは物質系と精神系どちらも伸ばすために一般より多くの教育を受ける。
だからほとんどが自身の魔法制御に時間を費やしているので性格は真面目で落ち着いた人間が多い傾向にある。
ただ閉鎖的な空間で過ごす時間が長いので、先ほどのキーラのように初対面フレンドリーに接するというのは不得手のようである。
だから、このキーラとルーディはその中では珍しいタイプの人間と言える。社交的でコミュ二ケーション能力が非常に高い。
キーラたちとの会話はとても楽しい。
リル自身は受け身になってしまうがそんなことはまるで気にならず、二人の掛け合いも息がぴったりとしていて聞いているだけでも面白いのである。
学院の門を出たところでキーラは唐突に大きな声を上げた。
「あっそうだ!せっかく友達になったんだからお祝いしよう!何食べたい?どこがいいかな?リーリア・ベイリィー?コルネット菓子店?それともエルのパイ屋・・・うーんどれも捨てがたい!」
キーラの提案は提案でなく決定事項であった。眩しい笑顔でいろんな店の名前を挙げたあとどれにしようかと迷っていた。
”リル”はほとんど外を出歩かなかったので知らなかったが、どれも日本で言うところの有名なスイーツ専門店ばかりである。
一方的だがリルとしては既になれている雰囲気なので楽しいのだが、調子に乗って下手なことを口走ってしまうのは避けたいところだった。
既にこれが夢かもしれないという可能性より万が一現実につながる何かであったらという考えがリルの思考を占めていた。
もしこれがなにかの魔法だったら。そうする考えたほうが納得がいくくらいに、ここは夢らしくない。冷静に授業を受けるうちにその考えが強くなった。
そんなことを考えているとキーラの頭をルーディの手が軽く叩いた。ペシンッとこ気味いい音が響いて「いったぁ!」とキーラが声を漏らす。
「おまえ疑問形で言っといて選択権を与えないってどういうことだよ。あんまり飛ばしてリトルさん困らせんなよ」
呆れ顔のルーディはキーラをたしなめる。まさしくお目付け役である。
「困らせてなんかないもん。あんたは来なくてもいいのよ?」
「それじゃ、リトルさんが気の毒だ。なんにもしてないのに罰ゲームを受けさせる気か。人の迷惑省みろ」
キーラも大概だがルーディも大概ひどい言いようである。
けれどこれはキーラ相手だからこそであり、ほかの人間にはそんなことは言わないのをリルは知っているのでリルは微笑ましいものを見るように見守った。
ルーディの言葉にキーラはなぜか胸を張って不遜な笑みを浮かべた。
「人間は他人に迷惑かけずには生きられない生き物よ。それは仕方ないわ。人間に生まれた宿命よ」
「・・・お前、迷惑っていう自覚あったのかよ」
「私はいつも自覚を持って生きてるわよ」
どや顔でそうのたまうキーラにルーディは胡乱な目線を送った。
「・・・小さい頃からずっと一緒だが未だにお前のその思考回路はわからない。リトルさんこの後暇?よかったらお茶しない?」
ルーディはひとつため息を吐いたあと、気を取り直してリルにそう尋ねた。その顔には申し訳なさそうな苦笑を浮かべている。
セリフはまるでナンパの口上のようであるが、その前の会話を聞いているリルからするとルーディが少し気の毒になる。
だが、この二人はこれが普通なのである。いがみ合うようなことをしながらこの年になるまで離れることなく共に過ごしている。それが良い証拠である。
そこに自分が加わるということはリルにとって特別なことであった。誘いの言葉に返す言葉はもちろんひとつ。
「二人が良いなら、喜んで」
リルは笑顔でそう答えた。断るなんて勿体無いことはできない。リルは心の底からそう思った。




