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秋風竜司の計画

 秋風竜司は世間一般で言うところの不良だった。

 世間の多くから煙たがれる存在。そして竜司は不良の中でもかなり変わり者だった。一匹狼ではないが、群れに馴染んでいるとも言い難かった。不良の集団、たまり場であるところのチームには一応参加してはいるものの、しかしその中でも竜司は浮いた存在だった。群れのなかで一人だけ毛色の違う羊のようなものだった。

 誰の上にも立たないし、誰の下にも付かない。

 そんな何者にも染まらないとでも言いたげな竜司の姿を見て、ある者は尊敬を覚え、またある者は面白い奴だと妙な信頼を抱くこともあった。ただ、現在のチームのボスである円藤は竜司のことをあまり好意的に見ていないようだった。

 あの男は人の上に立ちたがりすぎると、竜司は冷静に分析していた。そして、それだけだった。自分の所属するチームのボスに気に入られようが疎まれようが、彼にはどうでもいいことなのだ。ただ、このチームはもう持たないだろうなと予想を立てて、それでお終いだった。

 そういえば、円藤がこの前《奴》にやられたと、チームの誰かが言っていたことを思い出した。

「……起きるか」

 自宅マンションのベッドの上で、竜司は体を起こした。時刻は二時前。随分長く寝ていたな、と少し自分に驚いた。ベッドの側に置いてあった眼鏡をかけると、彼の鋭い眼がより一層深くなる。

 立ち上がり、キッチンの冷蔵庫の中から買いだめしてある缶コーヒーを一本取り出し、一気に飲み干した。

 コーヒーの苦味が竜司の頭を無理矢理たたき起こす。目の前がはっきりしてくるような気がした。

 《奴》というのは竜司も知っている相手だと言っていた。チームの中で竜司が例外的に本当の仲間だと思っている犬太郎という男がそう言っていたのだ。

 それは一昨日のこと、犬太郎に誘われて竜司はカツアゲに参加した。不良ではあるものの、そういういかにもな行為を好まない竜司にとってはそれは珍しいことだった。別に特別な理由があったわけではなく、ただなんとなく気が向いただけの話だった。

 その気の迷いの結果があれだと思うと、竜司は今でも腸が煮えくり返る思いを抱いた。

 その場には自分も合わせて五人いた。その五人が突然現れた女みたいな男にあっという間にのされてしまったのだ。腕っぷしには自信のあった竜司にとって、かなり衝撃的な出来事だった。

 あんな、自分よりも数段背の低い見るからに弱そうな男に負けたことは竜司のプライドを大いに傷つけた。

 おまけに、今度は円藤まで《奴》にやられたと犬太郎は言うのだ。一瞬だったらしい。《奴》が何かしたことは確かだが、どうやったかまでは犬太郎にはわからなかったそうだ。おそらくなんらかの超能力の結果だろうと竜司は予想。《奴》の着ていた制服は中堅の直塚高校のものであることも既に調べはついていた。

 この短期間に二度もチームの人間が《奴》によって醜態をさらされている。ただ、円藤はどうだかわからないが、竜司は報復をとは考えていなかった。醜態を晒されたが、それは自分の弱さが招いた結果だと思っている。それに、もう一度戦えば多分勝てるだろうと、竜司は予測していた。

 《奴》の超能力は強化系と呼ばれる部類のもののはずだと、竜司は確信していた。

 強化系とは数ある能力の中でもとりわけ地味で、しかし現実的な力を持つものだ。その名の通りあるものを強化することがその能力であり、それは身体能力であったり、筋力、視力など、人間が当たり前に持っている力を強化するものを強化系と呼んだ。珍しいものでは知力、知性を強化する能力もあるというそれは他のどの能力よりも地味だった。掌から火を出したり、触れずに物を動かすなどの華やかさはないが、その分強力でもある。

 身体能力等の強化系能力者はなんの努力もなしにトップアスリート並みの運動能力を有するのだ。更にそこから当たり前のトレーニングによって当たり前に実力を底上げすることも可能だった。

 直塚はフェーズ3から4が通う中堅高だったと竜司は記憶している。強化系の中位能力者ならば、竜司を含む五人を倒すのはわけないだろうし、円藤を昏倒させるのはもっと簡単だったろう。

 そして、そこまでわかってしまえば竜司はもう《奴》に負ける気がしなかった。一度戦った相手には二度と負けない。竜司が不良たちの中で一目置かれた存在である理由の一つだった。彼に手の内を晒せば、ほぼ間違いなく対策を練られることになる。武器を振り回し、自分より弱い者を虐げる脳筋と違い、竜司は知略と実力によって強い相手を倒すのが好きだった。これまでもそうして生きてきたし、これからもそう生きるのだろうと思っていた。

 しかしだからこそ《奴》ともう一度戦う意味はないと竜司は考えていた。《奴》は何も竜司やチームを狙っていたわけではないようだったし、次やれば確かに勝てるが、それによって自分が何を得るわけでもない。一度勝ったからって最初の負けがなくなるわけではないのだ。わざわざ敵対する必要はないと竜司は結論付けた。

 無論、向こうから来る分には逃げる意味もないと思ってはいたのだが。

 その辺りで竜司は《奴》に関する思考を止めた。この前の出来事は今彼の中で完全に決着がついた。すると、彼の思考が終わるのを待っていたかのように携帯の着信が鳴った。色気のない着信音1が竜司の部屋に響いた。携帯を手に取り、画面を見るとどうやら犬太郎からの電話のようだった。通話ボタンを押して耳にあてると、犬太郎の声が聞こえた。

『竜司、竜司か? ど、どうしよう! 助けてくれ! 竜司ぃ!』

 情けなくうわずった声で犬太郎が助けを求める。息も粗く、何かがあったことは容易に想像できた。

「どうした、犬太郎。おちつけ、何があった」

『円藤さんが、円藤さんがまた女連れ込んで……! そ、それで』

 それだけで、竜司は状況を理解した。自分のチームのボスのことだ、何があったかはすぐにわかった。それが朗報でないこともだ。

「あの糞デブ。また悪い癖が出やがったか」

『この前の、あいつにやられたことで円藤さんストレスたまってたみたいで……どうしよう、竜司!』

「どうしようも何も、どうしようもねぇよ。これで何回目だと思ってんだ。もう庇いきれない。今度こそ円藤はお縄につくだろうよ」

 そのことに対して、竜司はたいした感想を持たなかった。ただ、またかという諦めだけが募った。それはそれで仕方ないことだと竜司は理解していたので、彼の注意は別の所にあった。

「犬太郎。その女を連れ込んだ場所ってのは?」

『い、いつもの場所さ! 集会場だ!』

 集会場というのは竜司たちチームがいつも集まる集合場所のようなものだ。チームの根城と言っていい。

 そして円藤がそこでことをやらかした事実は、竜司にとって不都合極まりなかった。竜司は思わず舌打ちをした。

「そいつは不味いな。あそこが俺たちの根城だって警察にはとっくに割れてんだぜ? 下手すりゃ円藤だけじゃなく俺らまでしょっ引かれかねない」

『そ、そうなんだ! だろうと思って電話したんだよ。なあ、竜司! どうしたらいいよ。俺、あの人のせいで警察の世話なんて嫌だぜ!』

 竜司は顎に手を添えて、しばらく考えた。彼に犬太郎のような焦りは見られない。むしろ竜司の勘はこれを好機だと告げていた。知略と実力でのし上がってきた彼の経験が告げる。今ならいけると。

「切るぞ、犬太郎」

 短い言葉だった。犬太郎はそれにうろたえる。

『き、切るってそんな! まだ話は終わってねぇぞ!』

「電話じゃねぇ、円藤だ」

 は? と携帯の向こうの犬太郎が首を傾げるのがわかった。

「いい機会じゃねぇか。円藤にはもうこのチームは務まらないと思ってたところさ。あいつを切って、このチーム、俺たちのものにしちまおう」

 円藤は図体ばかり大きくて、頭は空っぽ。そのくせ人の上に立ちたがる、まるで絵に描いたようなガキ大将だった。小人数のチームなら、それで成り立つかもしれないが、竜司たちのチームも今では両手足の指では数えきれないほどの大所帯になってきた。いずれ円藤ではまとめきれなくなることを竜司はわかっていた。

 あの男にはカリスマ性が欠片もない。

 人の上に立つべき人間ではないと、竜司はそう考えていた。いずれはこのチームにも見切りをつけて、犬太郎と共に他のチームに身を置こうと計画していたが、こうなったら話は別だ。このチャンスを逃す手はない。

 竜司の眼鏡の奥の瞳がギラリと光る。

「俺はこのチームを手に入れるぞ、犬太郎」

『……できるのか?』

 犬太郎の声はさっきまでのうわずった情けないものではなく、酷く落ち着いたものに変わっていた。犬太郎は時折こうして人が変わったように静かになることがあった。竜司は彼のこういうところが気に入っていた。チームの中でも、竜司が仲間と呼ぶのは犬太郎だけだ.。

「できるさ」

 自身に満ちた声で竜司は断言した。

「とにかくまずは円藤だけが警察の世話になるように仕向ける。そうして頭を欠いたチームの連中は必ず俺に助言を求めてくるだろうぜ。今後どうしたらいいのかってな。そうすりゃもうこのチームは俺のものみたいなもんだ」

 古き時代の老中のように、竜司は表に立つことなくチームを支配するつもりだった。適当な奴をボスに仕立て上げ、自分は裏で全てを牛耳る。それは彼が理想とするチームの形でもあった。

 円藤のことをとやかく言えるほど、竜司は自分にカリスマ性がないのことをわかっていた。自分はあくまで裏に潜む人間だ。ボスという大きな存在の裏で暗躍することこそ彼が望む理想像だった。

「警察へのアプローチは犬太郎、お前に任せる。前にもやったから大丈夫だろう?」

『わかった。竜司はどうするんだ?』

「俺は動かない。秋風竜司のキャラクターを貫かなきゃ、残された奴らは俺を頼ろうとはしなくなるだろうしな。あくまでもチームの変わり者として、高見の見物だ。俺が動くのはもっと後だ」

『そっか。それじゃあ今は俺が頑張る時か』

「ああそうだ、頑張れ。任せたぞ」

『ああ』

 力強く返事をして、犬太郎は電話を切った。竜司は携帯をベッドの上に投げた。

「トカゲは尾を切り捨てて逃げるというがな、円藤。今回切られるのは頭であるお前だぜ」

 果たしてトカゲは頭を捨てても生きられるのかと、竜司はそんなくだらないことを考えた。

 しかし秋風竜司の野望は叶うことなく潰えることになる。どころか、今から一時間もしない内に彼らのチームはあまりに強引に解体されることとなるのだ。

 その未来を今の彼が知る術はないのである。


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