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在りし日の

 その日、愛生は夢を見た。

 それはいつもの夢。いつもいつも彼が見るのは瓦礫に塗れた風景だった。赤い空の下、愛生は仰向けに倒れている。そして愛生の視線の先にはいつものように彼女が立っている。誰よりも威風堂々と、まるでその立ち姿が自身の全てを物語っているとでも言うように誇らしげに瓦礫の山に立つ女の姿。

 それは彼が憧れた姿。

 ずっと追いかけてきた背中。

 そしてとうとう、追い付くことの敵わなかった幻想だ。

 愛生はいつも夢を見る。焦がれ、追い、そして諦めた、在りし日のヒーローの夢。

 彼はいつも、夢を見る。

++++++++++

 次の日、愛生はリナリアを連れてとある大型ショッピングモールに来ていた。電車を乗り継いで三〇分ほどで到着するそこはレールタウンと名付けられた大きな建物で、その中にはスーパー、服飾店、雑貨屋、飲食店等々……。ここにくるだけで大抵のものが揃うとあって、今日のような休日は暇を持て余した学生たちによって非常に混雑している。

 愛生がリナリアと共にそこに訪れたのは彼女の生活用品を揃えるためだった。まるで一人暮らしの息子に仕送りでもするかのような手軽さでダンボールに詰められて送られたリナリアは本当に身一つ、もちろんだが荷物はおろか着替えさえ持っていない状態だった。何を買うにしてもここならば困らないだろうということで、リナリアを連れてやって来たところである。

 敵の姿もわからない以上、リナリアには家にいてもらうのが一番いいのだが、彼女のものを買うのだからどうせならリナリアが好きなものを買ってやりたいと愛生は考えていた。少しためらったが結局敵は誰でもやることはかわらないのだからと愛生はリナリアを連れてきてしまった。千歳にばれたら怒られるかもしれない、と思うと身震いしたがリナリアのために我慢することに。

 リナリアは珍しいものでも見るかのようにキョロキョロと辺りを見回していた。時間もあるし、基本的にリナリアが行きたい方向に愛生は進んでいたが、護衛の意味もあって、手だけは離さないようにしっかり握っていた。手を繋ぐことをリナリアは嫌がらなかった。最初は少し驚いていたが、すぐにその意味を理解したのか、何も言わずに愛生の手を握り返した。片手が塞がってしまっているが、それをわずらわしいと愛生が思うことはなかった。リナリアが動く度に自分の意思とは関係なく揺れる腕の感触は少しだけ心地よい。

 小さな手だと思った。小さな子供だと思った。

「えっと、歯ブラシも買った。箸とお茶碗も買って、あとは服か……」

 買い物メモを見ながら、愛生は呟く。すると、リナリアが突然足を止めた。慌てて愛生も止まる。

「どうした、リナリア?」

「……服屋」

 彼女が指さす先には子供用と思われる服屋があった。二人の目の前、リナリアは丁度服屋の目の前で止まったようだった。興味を持った方向にふらふらしているようでいて、実はきちんと考えて動いているのかもしれない、と愛生は思ったが、店に入ってからまたキョロキョロし始める彼女を見て気のせいかと思い直した。

 とりあえず女の子用と思われる服が並ぶ棚に移動した。キョロキョロするリナリアに合わせて愛生もキョロキョロしていた。ラボラトリでは珍しく、親子の家族連れもいて愛生はなんとなく居心地が悪かった。

「お、これなんていいんじゃないか?」

 そう言って何気なく手に取ったピンクのパーカー。値札を見ると、四七〇〇円と書いてあった。思わずうおっ! と変な声を出してしまう愛生。思っていた以上の値段だったのだ。

「子供服って、こんなに高いものだったのか……布面積が小さいから安くなるんじゃないのか……?」

 これだけあれば自分なら三着は買える。愛生はあまり服にこだわらない方だったので、この値段は結構衝撃的だった。頭の中で最低限必要な衣類の数、それにかかる金額、そして今月の生活費や諸々が瞬時に計算されていく。そして当然ゼロになる。どころかマイナス。赤字は必須だった。

 そもそもリナリアの護衛は帝からの依頼である。必要経費だと帝に言えばいくらでも出資してくれそうだったが、本当にいくらでも出してくれるので逆に気がひける。帝の仕事は世界の要人相手の商売なので、愛生のような一般人とは金銭感覚にかなりの違いがあるのだ。

「帝さん、リナリアの服を買いたいのですがお金が足りません」

「そうか、わかった」

 たったこれだけの会話で一時間もしない内に愛生の口座にゼロが四つ五つ増えてもおかしくはない。それに仮にもリナリアの護衛を任されている身でありながら、簡単に帝を頼るのは嫌だった。なんとか自分の力で……とパーカーを手にしたまま愛生は考え込んでしまう。

 その様子をリナリアはじっと見つめていた。この人は何をしているんだろう。とでも言いたげな顔だった。

「我王さん?」

 横から声をかけられて、愛生は思考の渦から帰還する。

 声をかけてきたのは見知った顔。

「え、夢井さん……?」

「やっぱり、我王さんだ」

 そういって、夢井花蓮は顔を綻ばした。茶系の髪色をしたセミロング。背は愛生よりも小さく、女子的に平均ほど。まだあまり発達していない細いだけの体は彼女が年齢以上に幼いことを示していた。

 夢井花蓮は愛生と同じマンションで同じ階層に住む女子中学生。そして、いつだったか愛生が不良から助け出した少女でもあった。

「どうして、夢井さんがここに? ここ、子供服店じゃないの」

「大人のもありますよ」

 そういって花蓮が指さす先にはレディースの文字が。どうやら二つの店舗の壁を取り外して一つの大きな店にしているようだった。片方は子供服、もう片方はそれ以外、と分けていた。愛生たちはその子供服の方に入ったのだった。

「我王さんこそ、どうしたんですか……その子」

 花蓮がリナリアを見ながら言う。リナリアは興味がないのか、花蓮の方を見ようともしなかった。

 親戚の子供なんだと、愛生は何食わぬ顔で嘘を吐く。

「しばらく預かることになってさ」

「ああ、それでお洋服を買ってあげて優しいお兄さん作戦なんですね」

「凄いわかりやすいキャンペーンだね、それ」

 花蓮とはそれほど親しくもなかったが、果たしてこんな子だっただろうかと愛生は胸の内で首を傾げた。

「でも、そうじゃなかったら一体こんな所になんの用なんです?」

 花蓮は愛生がさっきから手にしたままのパーカーを見ながら言う。愛生はパーカーを元あった棚に戻した。

「この子……リナリアっていうんだけど、僕のところに来ることはどうも急に決まったことらしくて。荷物も持たずに来ちゃったから、身の回りのものを揃えにね」

 回っているのはここだけじゃないんだよ、と愛生は手にしていた買い物袋を見せながら言った。

「お洋服を揃えに来たんですか」

 そう言って、花蓮は不思議そうに愛生をまじまじと見つめる。

「……? どうしたの、夢井さん」

「もしかして、我王さんって意外とお金持ち?」

 予想外の質問に愛生は本当に首を傾げてしまう。だって、と花蓮は続ける。

「このお店、結構高いんですよ。さっき我王さんが手にしていたのなんかむしろ安い方で……プレゼントにって一着二着ならともかく、ある程度数を揃えるのにここに来るっていうのは、そういうことなのかなーって」

 花蓮の無邪気な疑問に愛生は苦笑で返した。

「いや、恥ずかしながら勝手がわかんなくてさ。兄妹とかもいないし、適当に入った店がここだったってだけで、今値段の高さに驚いていたとこなんだ」

「なぁんだ。そうだったんですか」

 何故か安心したように花蓮は胸を撫で下ろした。そうして、リナリアと愛生を一瞥ずつした。

「あの、我王さん。よかったら、その、リナリアちゃん? のお洋服選び、私がお手伝いしましょうか?」

 花蓮の提案に愛生は驚いた。女子が手伝ってくれるのなら、こんなに心強いことはない。実は早くも千歳と一緒にくればよかったと後悔していたところだった。本当に手伝ってもらって大丈夫なのかと愛生が聞くと、花蓮は笑顔で頷いた。

「下に妹がいて、こういうのは慣れているんです。いいお店も知っていますし、この前助けてもらっちゃったお礼もまだですから。それの一環だと思って下さい」

 愛生としては助け出したという感覚ではなかったのだが、この際だからそういうことでいいだろう。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 そう言って、頭を下げる。それの真似をするようにリナリアも小さく頭を下げた。それを見て、なんだか兄妹みたいですね、と花蓮は笑った。

++++++++++

 花蓮に連れられて来た店はさきほどの服飾店からすこしだけ離れた位置にあった。愛生には外装や内装に大きな違いがあるようには思えなかったが、値札を見てその違いを理解した。なるほど確かに、あそこの店は高かったようだった。ここでなら少し多く買っても愛生の財布にそれほどのダメージは与えられないだろう。愛生はさっそく花蓮に感謝した。

 その店で花蓮はリナリアと服を選ぶこと一時間。そしてまた別の店にて一時間かけて、ようやく満足いくだけの服を買い込むことができた。特に何もしていたわけでもない愛生が一番ぐったりしていた。女子の買い物はとてつもなく長いものなのだという話は本当だったのかと、愛生は今日初めて思い知った。愛生にとっての女子、女性像というのは基本的に帝と千歳によって構成されているので、世間一般のそれと若干のズレがあるのだ。帝はこんなところで呑気にショッピングなんてしないし、千歳は悩むことが嫌いで、いつだって即断即決。愛生の買い物の方が時間が掛かるほどだった。

 これが本物の女子か……。と、千歳が聞いたら激昂しかねないことを呟きながら、愛生はため息を吐いた。

 ちなみにまだ買い物は続いていた。服を買い、次に下着を買い、今度は靴を買っていた。愛生は店先のベンチに腰かけていた。店の奥の方に、ちらちらとリナリアの灰色の髪の毛が見えていた。

 最初は花蓮に促されるままでしか買い物をしていなかったリナリアだったが、しばらくすると自分から欲しいものを口にするようになっていた。相変わらず表情に変化はないし、小さな声だったが、妹がいるからか花蓮は子供の扱いになれていて、口数の少ないリナリアの心情をきちんと読み取って、上手くやってくれていた。中でもリナリアは自分の髪色とそっくりな灰色のパーカーが気に入ったようで、それを抱えて愛生に「これ、欲しい」と言った時は愛生はかなり感動したものだった。

 リナリアが自分から何かを主張したのは、それが初めてだったからだ。その初めての主張が自分に向けられたことに愛生は言いようのない喜びを感じた。小さな妹ができた気分だ。

 買い物を終えた二人が戻ってきた。花蓮の手には店の袋が握られていた。

「すいません、遅くなりました」

 戻ってくるなり、花蓮は頭を下げた。慣れてるからいいよ、と愛生は言っておいた。実際、感謝こそすれど文句をいう気にはなれない。

「靴は今穿いているのもあるから、動きやすいのを一足とリナリアちゃんが欲しがったのを一足で二足買いました。よかったですか?」

「うん。ありがとう。本当に助かったよ。何かお礼しなくちゃな」

「そんな! これは私のお礼なんですから、そんなこと……」

 そう言う花蓮の手から愛生は袋を取って他の袋と同じところに置いた。あまりに自然に行われたその行為に、花蓮は全てが終わってから気づいて声を出す。

「あの、いいですよ。それくらい私が持ちますから」

「いいっていいって。こっちの荷物だし、対して重くもないんだから」

「そんなの尚更私が持ちますよ」

 花蓮は食い下がらない。帝といる時も千歳といる時も荷物は全て愛生の手にあるので、むしろ持たせてくれた方が愛生として落ち着くのだが、どうも本物の女子というのは違う感覚を持っているようだ。

 そう思っていたのだが、花蓮が食い下がらなかったのは別の理由だった。

「だって、それじゃあ荷物多すぎて両手、塞がっちゃうじゃないですか」

 花蓮は愛生がリナリアと手を繋げなくなることを言っていたのだ。言われてみて、愛生も気づいた。確かに洋服ばかりで重さはたいしたことはないが、そのかわりかさばるのでこれでは両手がいっぱいいっぱいだった。

 花蓮の妙な気遣いに愛生はおもわず笑ってしまった。花蓮は何故笑われたのかわからず、おろおろしていた。

「ごめんごめん。それじゃあ、またお言葉に甘えようかな」

 そう言って、愛生は一番軽い袋を花蓮に渡した。その最後の気遣いには花蓮は気づかなかったようで、満足げに頷いた。

 そして気を遣われてしまった以上リナリアを手を繋がざるを得ない。それに不満は全くなかったので、愛生はリナリアに左手を差し出して――それを掴まれる前に急いで引っ込めた。

 危ない危ない。

 何か一人で勝手に焦っているように見える愛生をリナリアは怪訝な目で見ていた。愛生はへたくそな笑みを浮かべながら、釈明。

「いや、あの左手……左手は汗かいてたから、右手で繋ごうか」

 我ながら苦しい言い訳。リナリアは不思議に思っているようだったが、特に追及することもなく黙って差し出された右手を握った。そして、そのまま愛生の右隣に座った。さすがに疲れたのだろうか、花蓮もリナリアを挟むようにしてベンチに腰掛け、自然と休憩の流れになった。

「リナリアちゃん。いい子ですよね」

 愛生とリナリアの繋がれた手を見ながら、花蓮が言った。

「うちの妹たちなんか、やんちゃでしょうがないですよ。同じくらいの歳でこんなに大人しい子もいるのに……」

「たち、ってことは妹さん一人じゃないんだね」

 はい、と苦笑しながら花蓮は頷いた。

「双子の妹と、兄が一人。四人兄妹なんです。その中で私一人だけ超能力者で……だから家族とも中々会えなくて」

 羨ましいです、と花蓮は言った。

「兄弟でなくとも、血の繋がった誰かと一緒にいれる二人が、少しだけ、羨ましいなって、思っちゃいます。嫌味とかじゃないんですよ? ただ、この街に一人でいるのは寂しいなって」

 そう言って、俯いた花蓮の横顔にははっきりと寂しいと書いているような気がした。家族のことを思い出しているのだろうか。思い出せる家族がいるだけ、幸せなんじゃないかと愛生は思っていた。

 勿論だが、愛生とリナリアに血の繋がりはない。だから、この関係も花蓮が思っているほど幸せなものでもないのだろう。不幸せでもないとは愛生も思っているが、それだけだった。

 そして何より愛生には家族と呼べるものはいない。愛生の家族はみんな死んでしまった。リナリアの家族については詳しくは知らないが、帝に助け出されるような状況にいたのだから、まともな家庭が存在するとは思えなかった。

 愛生の例は特殊だが、ラボラトリに住む者は多かれ少なかれみな花蓮のような寂しさを抱えていることが多かった。大抵の若い能力者たちは親元を離れてこの街に来ている。そして、超能力という力を持つがゆえに、一度この街に入ってしまえば中々街からの外出許可が下りないのが現状だった。入ってくる者も然り。ラボラトリはかなり閉鎖的な空間と言っていいだろう。

 会えない寂しさといない寂しさ、どちらが上かと問われても愛生にはわからない。愛生はいない寂しさしか知らなかった。

「我王さんの下の名前って、《アオイ》でしたよね。漢字は確か、愛に生きるって書くんでしたっけ」

 少しぼーっとしていたのかもしれない。花蓮が次の話題を振ってきた。愛生は内心の同様を悟られないように静かに頷いた。

「そうだよ。よく覚えてたね」

 つい最近まで本当にただのお隣さんでしかなかったのに、と愛生は感心する。そんなことを言いつつ自分も花蓮の名前はフルネームで漢字まで覚えているのだが。

 愛生は人の名前はすぐに覚えるようにしていた。

「珍しい名前というか、素敵な名前だなーって思って、だから覚えてたんです。愛に生きるって、凄くロマンチックじゃないですか」

「じゃあ、本人がこんなんでがっかりさせちゃったかな」

「そんなことないです! 我王さん可愛いし、女の子みたいでとっても素敵です!」

 力強く言う花蓮だったが、愛生は褒められている気がしなかった。女顔の自覚はあるが、はっきりと指摘されると意外とへこむのだ。

「そ、それにそれだけじゃないんです」

 苦笑する愛生に花蓮は畳み掛けた。

「私、愛生って名前多分どこかで見たことあるんです」

「どこかで?」

「はい。テレビだったかと思うんですけど、あまり覚えてなくて。小さい時だったと思いますし……とにかく、あやふやですけど見たことはあるんです。その時も素敵な名前だなぁって思いました。でも苗字は我王じゃなかったので、多分違う人だと思います」

 それを聞いて、愛生は少し考えた後に返した。

「多分それ、僕であってると思うよ」

 え、と花蓮は首を傾げた。愛に生きると書いて愛生。そして小さい頃にテレビで見たというのなら、十中八九自分で間違いないだろうと、愛生は予想する。

「僕は、我王姓じゃなかった時があるんだ。養子なんだよ。本当の両親は僕が小さいころに死んでしまった。多分、夢井さんも知ってると思う。十一年前のテロのこと」

「……反超能力団体の、空港爆破テロですか?」

 花蓮は信じられないとでも言うかのようにゆっくりと言葉にした。愛生も同じようにゆっくり頷いた。

「そう、それ。そのテロに両親は巻き込まれたんだ」

 愛生がまだ六歳。ピカピカの小学一年生だった頃の話だ。

 超能力者はみな等しくラボラトリで暮らすことを義務付けられてはいるが、高フェーズでなかったり、能力そのものが周りに影響を及ぼしにくいと判断されると、特例としてラボラトリ外での生活が許されることがあった。能力の弱かった愛生はラボラトリ内の小学校に通いながらもラボラトリ内に住居を構えることはなく、親と一緒に外の世界で暮らしていた。しかし、それも小学一年生までの間。二年生からはラボラトリ内で暮らさなければならなかった。そうすれば、両親とも離れ離れ。合うことも難しくなる。だからせめて今の内に家族水入らずの時を思う存分過ごそうと、両親は愛生を連れて海外に旅行に行くことを計画した。超能力者である愛生のパスポートを取るには少し苦労したが、それも無事にすんだ。

 旅行当日。母と父と愛生の三人で空港に向かい。そこで飛行機の離陸時間まで待っている時に、テロは起きた。

 そのテロは歴史に残るであろう規模だった。

 離陸直後の旅客機一機と、空港全体が一度に爆破された。

 そもそもどうして空港が狙われたのか。飛行機の搭乗に於いて、超能力者にはある程度制限が設けられていた。高フェーズでないこと、電気や電磁波の発する能力でないことが条件であり、それに当てはまる能力者は飛行機への搭乗を拒否されていた。反超能力団体はこの制限を取っ払い、全ての超能力者の搭乗を拒否するよう航空会社に申し出たのだ。それを拒否した会社への見せしめが、このテロ行為であった。

 厳重なセキュリティを誇る空港がどうしてここまで多大な被害を出してしまったのかと、当時は騒がれたが、なんのことはない。内通者がいただけのことだった。当時現場にいた職員の半分が、反超能力団体の一員だったのだ。彼らは自分の命を散らす覚悟を持ってして、そして実際に散らすことで世間に激しい意思を伝えた。超能力者を排除しろ、という。

 しかし、航空会社はテロには屈しないと発表。彼らの行動は反超能力者団体の暴力性をより強め、そして超能力者が世間で更に厄介者扱いされる要因となった。百人以上の死傷者を出した大規模なテロで、変わったのはたったのそれだけだった。どちらの立場も悪くなる。痛み分けにすらならない、そんな結果。

 ただ愛生にしてみればそんなことはどうでもよく、大事なのはそのテロで両親が死に、奇跡的に自分だけ生き残ったということだ。生き残ってしまったということだけだ。

「そのあと、僕は帝さんって人に引き取られ、我王愛生になったんだ。だから多分、夢井さんが見たのはテロの生存者の情報かなんかだと思うよ。居合わせた人居合わせた人みんな死んじゃって、生きてた人って珍しいから。僕を入れても十人いなかったはずだ」

 愛生はつらつらと語る。およそ女の子にする話しではなかったが、ここまで話して止まることはできなかった。思い出すまでもないという風に、愛生の口からは言葉が溢れる。

 案の定、花蓮は微妙な顔になってしまった。バツが悪そうだ。

「ごめんなさい」

 花蓮は言った。

「私、そういう事情知らなくて……それなのに、家族だとか、わかったようなこと言っちゃって……」

 どうやら先程の家族についての発言を悔やんでいるようだった。優しい子だな、と愛生は思った。同時に、そんな優しい子をこんな顔にさせた自分が嫌になった。

「いや、いいんだ。謝ったりなんかしないでくれ。夢井さんは悪くない。ただ、僕が話したかっただけのことだから」

 時々愛生は、こんな風に当時のことを誰かに話したくなった。辛い記憶のはずなのに、そうであるがゆえに話さずにはいられなかった。話さなければ忘れそうで、言葉にしなければ消えてしまいそうだったから。

「だから、夢井さんが謝ることなんてない」

 話さなければ記憶は風化し、言葉にしなければ思いは途絶える。愛生はそれが何よりも怖かった。

 なんとかフォローをしようとするが、花蓮はずっと申し訳なさそうな顔のままだった。困ったな、と愛生はどうしようかと悩みながら携帯で時間を確認する。午後二時丁度だった。そういえばお昼を食べていないことを愛生は思い出す。

「夢井さん、お昼食べてないよね」

 ずっと買い物に付き合ってもらっていたので、花蓮も食べていないはずだった。花蓮は頷く。

「じゃあ、お昼にしよう。今日のお礼とお詫びに奢るよ」

「そんな悪いですよ。今日のは私の恩返しでもあるんですから!」

 断固としてそこは譲るつもりはないようだった。やっぱり優しい子だと、愛生は思う。

「まあどっちにしてもお昼にしよう。お腹も空いたしね。何か食べたいものある?」

 そう聞くと、花蓮は何故かモジモジしながらはにかんだ。

「あの、すいません。その前にトイレ行ってきてもいいでしょうか……?」

 言いながら、花蓮は立ち上がる。ここで待ってると、愛生は伝えた。

「あの、その、我王さん!」

 数歩だけ歩いて、花蓮は振り返り、愛生を呼んだ。

「どうしたの?」

 愛生が尋ねる。花蓮の顔は何故か赤かった。

「いえ、あの……さっきの話を聞いたからとかではないんですけど、そ、そそその! 我王さんのこと、愛生さんって呼んでもいいですか? す、素敵な名前なので、ぜひそう呼びたいなと!」

 興奮しているのか、花蓮は若干噛み噛みだった。愛生はそれを承諾。愛生としても我王と呼ばれるよりは愛生の方がしっくりきた。別にもとの苗字と違うからではなく、単純に我王はなんとなく刺々しくて自分には合わないと思っているからだった。

「それ、それと、その……私のことは。か、かれん……かれんちゃ…………」

 花蓮の声が段々と小さくなって、愛生は最後の方がよく聞き取れなくなった。花蓮はなんだか落ち着かない様子で、なんどかもごもごと聞こえない言葉を呟いたかと思うと、今度は打って変わって大きな声で言い放った。

「わ、私のことは花蓮ちゃん! か、花蓮ちゃんとお呼びくだしゃい!」

 盛大に最後を噛んでいたが、言いたいことは伝わった。愛生は少し驚いて反復した。

「花蓮ちゃん?」

「そう、そうです! 花蓮ちゃん。みんなそう呼びます、友達みんな!」

 呼ばれ慣れた名前だからその方が落ち着くということかと、愛生は解釈。年下の女の子をちゃん付けで呼ぶ事に若干恥ずかしい気持ちを持ったが、気にするほどのことではない。花蓮がそっちの方がいいならそれでいいだろうと、愛生はそうすることに。しかしそれだけを言うのに随分と時間が掛かったなと思った頃には、花蓮はまるで逃げるようにトイレに駆け込んでいた。

 花蓮の背を見送りながら、優しいけれど不思議な子だなと愛生は笑った。

 愛生は右手に握られたリナリアの感触を確かめ、彼女を見つめた。リナリアは何も言わないでいた。彼女の瞳をじっと見てみたが、やはり何を考えているかはわからなかった。

「リナリア、お腹空いてるか?」

 リナリアは頷く。

「何か食べたいものはあるか?」

 そう聞くと、小さく一言スパゲッティと答えた。続いて短くカルボナーラと呟くのも聞こえた。了解、と愛生は言って買い物の途中で手にしていたモール内の案内図の中からカルボナーラのある店を探し始めた。

 花蓮もスパゲッティが好きだろうかと、愛生はぼんやりと考えた。

++++++++++

 自分は何をしているのだろう。

 女子トイレの鏡の前で、花蓮は赤くなった自分の顔を見ながら、ため息を吐いた。

 らしくない、らしくない、と呪文のように呟く。花蓮はさっきの発言を悔やんでいた。ただ名前で呼びたいだけだった。そしてあわよくば名前で呼んでもらおうと思っていただけなのに、それがどうして最終的にちゃん付けを強要する形になってしまったのだろう。花蓮ちゃんだなんて、親にだって呼ばれたことなんてないのに。

 誰だよ、その子。

「何やってんのかなぁ、私」

 まだ赤いままの自分の顔を隠すように口元を押さえる。どうも愛生を前にすると、自分は上手く自然体でいられないと花蓮は思った。

 別に、愛生に惚れているわけではない、と思う。ただ単純に今より仲良くなりたいとは思っていた。

 世界は冷たい、けれど、彼の周りは少しだけ温かいような気がしたのだ。不良に蹴り飛ばされた自分を受け止めてくれた愛生の腕の熱を花蓮はまだはっきりと覚えていた。

 我王愛生といれば、何かが変わるような気が花蓮はしていた。

「……よし」

 ようやく赤みの引いた顔をペチペチと叩いて、花蓮は自分に気合いを入れた。


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