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真っ黒なお茶会

「あの子に嫌われている気がします」

 家を出て、とりあえずどこか座れる場所を探している間、千歳はずっと落ち込んでいた。どうやら最後に返事を貰えなかったことを気にしているようだった。無口な子なんだと、愛生は励ますがあまり意味はなかった。しかし近くの喫茶店に入った時にはすでにいつもの調子を取り戻していた。この辺の切り替えのよさはさすがだと愛生は感心さえもした。

 店に入り、案内された席に座る。コーヒーを二つだけ頼んだ。コーヒーが運ばれてくるまで、二人は何も話さなかった。後ろに座っていた女子高生と思しき三人組が何か心配するようにちらちらとこちらを気にしていた。愛生と千歳が何も話さないので、険悪な雰囲気になってしまったカップルだとでも思われているのかもしれなかった。そもそもカップルじゃないんだけどなぁ、と愛生はおかしくなって少しだけ笑ってしまった。それに気づいた千歳がどうしたのかと尋ねる。どうもしないよと愛生は言った。

 そうしてまた無言になる。愛生と千歳は二人きりでいると、こうして無言になることが多くあった。それを嫌だと思ったことは、愛生にはない。何も言わなくても二人でいれることが愛生は嬉しくもあった。聞いたことはないが、千歳も同じ気持ちだといいなと思う。

 コーヒーが運ばれてきた。少し酸味の効いた匂いが鼻孔をくすぐる。愛生は昔から、コーヒーが好きだった。この黒がなんとなく帝を連想させて、他のどの飲み物よりも落ち着くことができた。

 一口だけコーヒーを飲んで、千歳が切り出した。

「リナリアちゃんを守ることが目的ならば、彼女を部屋に一人にするのはまずかったのではないですか?」

 唐突な質問だったが、最もな意見だったので愛生はきちんと説明をすることにした。

「多分それは大丈夫だよ。あのマンションのセキュリティは高いし、もちろん対超能力者仕様だから、強行突破でもしない限りは侵入は不可能なはずだよ」

「強行突破されるという可能性は?」

「ない。と思うよ。そんなことをしでかす奴は、そもそもラボラトリに入ってはこれないだろう」

 ラボラトリは超能力者の街として様々な特徴を持つが、その一つに徹底した排他主義がある。ラボラトリはとにかく部外者に厳しく、まず超能力者やそれに関係する人間でなければその街に入ることすらできない。ラボラトリにはいくつかの出入り口があるが、そのどれもが厳重な監視体制で管理されており、普通の人間は門をくぐることさえできない。超能力者の身内であろうとも、中に入るにはいくつものチェックをクリアしなければならない。下手に海外旅行するよりも面倒な手続きがあるのだから、その徹底ぶりがうかがえる。

「そいつがラボラトリと直接的な繋がりを持つような奴でもない限り、そんなことは不可能だよ」

 家の中にいる限りは、リナリアは基本的に安全なのだ。そのことに関しては千歳も納得したようで――というか彼女は多分、安全なのだとわかった上で質問したのだろう。そうして、愛生がどこまで理解をしているのかを探っていたのだ。理解は十分だとわかったところで、千歳は本題に入る。

「あの子は一体誰なんですか」

 それは最もな質問だった。突然幼なじみのもとに現れた灰髪の幼女。その正体が気にならない人間はいない。しかし、その質問に愛生は答えられなかった。

「ごめん。僕にもあの子が誰なのかはわからないんだ」

「わからない?」

「うん。帝さんは何も言わずにあの子を僕のとこまで送り届けたんだ」

 宅配便で届いたということは言わなかった。それを言うと、この緊張感が台無しになる気がしたのだ。

「本人から事情を聞くということはできないのですか?」

「あんまり口数の多い子供じゃないんだ。話したがらないし、そもそもリナリアが事情を知らないということも考えられる。あの子の両親に何か事情があり、そこを帝さんが保護したとか……」

「そうなると、政府関係者かよほどの重鎮の娘といったところでしょうか」

 愛生もそのどれかだと予想はしていた。帝の仕事を考えれば、それは妥当な推測だった。

 帝の職業は始末屋。その名の通り始末をつけることが仕事……というのは帝本人の謳い文句で、彼女の職業を一番わかりやすく言うのならなんでも屋というのが正解だろう。金と権力に塗れた抗争や、警察では手におえない凶悪事件の解決が彼女の主な仕事だった。各国の政府から直接依頼を受け、フェーズ7の力を如何なく発揮し迅速に事件を片付ける。帝風に言うのなら、『始末をつける』。それが彼女の仕事だった。だからこそ今回の件もどこかの政府からの依頼という線が強いと愛生と千歳は考えたのだ。ちなみに愛生はその仕事を手伝っていた時期があり、その時は何度も死にそうになったなぁ、というかよく生きていられたなと思わず関係のないところに思考が飛んでしまう。結局、四年前に起こったある事件を境に愛生は帝の手伝いを止めて、今のように普通の落ちこぼれとして暮らすことになった。その選択を間違いだと思ったことはない。そうするしかなかったのだ。それ以外の選択肢がないのだから、それが正解のはずだった。

 今でも時たま世界中を颯爽と飛び回る帝の姿が目に浮かぶ。その度に、少し寂しくなる。

「愛生」

 聞きなれた声。千歳が心配そうな顔で愛生の名前を呼んでいた。

「大丈夫ですか、愛生。ボーっとしていますよ」

 飛んで行った思考を無理矢理ひき戻し、愛生は意識をはっきりさせた。大丈夫だと、告げるが千歳はまだ少し心配そうだ。普段はあまり感情を表に出さないくせに、こういう時に限って表情豊かになるのはズルいと愛生は昔から思っていた。ただまあ千歳は愛生が困るのを知った上でやっている節があるので深く追求したことはない。

「とにかく、だ」

 また飛びそうになる思考を掴み、愛生は話を戻す。

「リナリアが政府関係者の娘という線は強いと思う。だけど、それをはっきりさせるような証拠はない。そもそもリナリアが事情を知ってるかどうかもわからないんだ。もしかしたら知っているけれど帝さんに口を封じられているのかもしれないし」

「なるほど、そういう考え方もあるのですね」

 千歳は少し大げさに頷いた。

「わざわざ教えないということは、帝さんが私たちには教えない方がいいと判断したということかもしれませんね」

「なるほど、そういう考え方もあるかもしれないね」

 千歳の真似をしてみた愛生だったが、当の本人は真似したことに気づいていないのか、気づいた上で無視しているのか、何も反応は返さなかった。多分後者だろうな、と愛生は思いつつ、一番言っておかなくてはいけないことを言うことにした。

 つまり、リナリアがフェーズ7であるということだ。間違いなく今回の事件の根幹を担うであろうこの事実を、はてどうして伝えたものかと愛生は少し考えたが、考えるだけ無駄な気がしてきた。どう言おうと、驚きは避けられないし、信じてもらえるかどうかもわからない。ならばできるだけ誠実に事実だけを伝えるだけだ。愛生は意を決して千歳に言う。

「あー、えっと。その千歳? 多分びっくりするだろうけど……そのなんだ、リナリアは超能力者。それもフェーズ7なんだ」

 意を決した割にはしどろもどろな言い方になってしまったが、愛生は伝えるだけのことを伝えた。さて千歳はどういう反応を返すのだろうと待ち構えていたが、彼女は何も言わなかった。どころか澄ました顔でコーヒーを飲んでいる。動揺なんて全くしていませんよという顔をしているが、しかし愛生にはそれが必死で動揺を隠しているのだとわかった。リナリアほどではないにせよ、千歳もあまり感情が顔に出にくいタイプだった。だからこそ彼女と幼い頃からの付き合いである愛生は千歳のちょっとした雰囲気の変化に敏感だった。顔を見なくてもわかる、ということがその言葉のままにできてしまう。

 千歳は驚いて、動揺していた。無理もない。むしろ当然だとも愛生は思う。それだけの存在なのだ、フェーズ7というのは。

「それは本気で言っているのですか?」

 テーブルに置かれたコーヒーから視線を外さずに千歳は言った。

「世界最強と謳われるあの帝さんと、同じステージに立つ存在があの小さな女の子だと、愛生は本気でそれを言っているのですか?」

「本気だよ。そもそも能力に年齢は関係ないじゃないか」

「それはそうなのですが……」

 千歳は口元に手を当てて思案する。何か難しいことを考えている時の顔だと愛生は思った。

「ですが、仮に彼女がフェーズ7だったとしたら、それこそ事でしょう。リナリアという名前、それもあんな小さなフェーズ7がいるなんて私は聞いたことがありません」

「それでも本当だよ。僕は確かにこの目で見たんだ」

 と、千歳の目を見ながら愛生は言う。

「僕は千歳に嘘はつかないだろ?」

 はぁ、と千歳が呆れたようなため息を吐いた。

「それを言うのは卑怯ではありませんか」

 そんなことないさ、と愛生は肩をすくめる。全くと文句を言いながらも、千歳は愛生の言葉を信じたようである。

「しかし愛生、見たということは、見ただけでフェーズ7とわかる能力だったのですよね」

「ああそうだ」

 愛生はあの映像を思い出し、若干の吐き気を覚えた。それを顔に出さないようにして、千歳に見たものをそのまま伝えた。

 リナリアの能力はフェーズ7の自己回復リカバリーだということ、あろうことか自分の目の前でそのお腹にナイフを突き立てたこと、あれではまるで不死身の能力のようだということまで鮮明に伝えた。その一つ一つを千歳は真剣な面持ちで頷きながら聞いていた。全てを聞き終わり、

「なるほど」

 と最後に大きく頷いた。

「その話を聞いてしまえば、もう疑う余地はありません。リナリアちゃんは確かにフェーズ7と呼ぶにふさわしい能力者です」

 千歳は再び難しい顔になる。

「不死身にさえ見える回復能力ですか……ますますもって聞いたことがありません」

「ああ。僕も見たときは驚いたよ。自分の腹にナイフを刺したのもね」

「それなのですが、愛生。その時のリナリアちゃんの様子はどうでしたか?」

 質問の意味が分からず聞き返すと、千歳は少し声を大きくした。

「ですから、自分のお腹にナイフを刺した時のリナリアちゃんの様子です。どんな表情をしていたのかとか、あるでしょう」

「いやでも、あの時は僕も結構驚いてたし、正直あまり覚えていないんだけど……ただ表情は相変わらず無表情だったよ」

「痛がる様子などは?」

「なかった」

 そうなかった。自分の腹にあの無骨な刃が突き刺さりながらも、リナリアは相も変わらずの無表情。痛がる素振りも嫌がる仕種も見せなかった。そこもまた、愛生が彼女が不死身なのではないのかと思った要因の一つでもあった。

「でもそれが一体何に関係するってんだ」

「例え直接関係しえない小さな情報でも今は重宝すべきです。確認しますが、愛生は何も知らないままにフェーズ7を預けられたのですよ。最も、今の情報からはもしかしたらリナリアちゃんには痛覚がないのかもしれない程度のことしかわかりませんが」

「まあ、その可能性は僕も考えないでもなかったけど」

「ええ。自らナイフを刺して平気な顔をしているのですから、そう考えるのが自然でしょう。劣性遺伝子の発現は高位能力者にはありがちなことです。現にリナリアちゃんの髪はまさにそれでしょう? だとしたらそれがあの子の体になんらかの異変を及ぼしていると考えられます。まあ、全部推測でしかありませんが」

 とにかく、と千歳は一旦話を区切った。

「当面の問題はあの子が誰にどうして狙われているか、です。まあどちらもある程度は予想がついてきました」

「わかるのか」

 愛生は少し身を乗り出した。ええ、と千歳はなんてことなさそうに頷く。

「リナリアちゃんがフェーズ7であるのなら、生まれた瞬間に私たちの耳に届くはずです。フェーズ7の問題は国の問題と同義ですからね。しかし私たちはそれを知らなかった。つまりリナリアちゃんは世間から意図的にフェーズ7であることを隠されていた。そういう存在であるといえます」

 休憩を挟むかのように千歳はコーヒーを口に含む。彼女の口に広がる苦味が愛生にも伝わるような気がした。

「人が動く時は必ずそこに利益が絡みます。それもフェーズ7の隠蔽なんていうズルをするのなら、そのデメリットを覆すだけのメリットが存在するはずです。言うまでもなく、リナリアちゃんのメリットはフェーズ7であること。そのメリットを必要とするのは、超能力研究者です。不死身にさえも見える回復能力を持ったフェーズ7を好きにできるとなれば、彼らは飛んで喜ぶでしょうね。都合のいいモルモットが手に入ったと」

 千歳の言葉に愛生は思わず拳を握りしめた。

「モルモット、って。それはいくらなんでも……」

「私たち超能力者をそういう風にしか見ていない研究者なんていくらでもいます。愛生、あなたは人が良すぎる。だってこんな現実はあなたが一番よく知っているはずでしょう」

 そう言われて、愛生は胸の奥の方がズキリと痛むのを感じた。同時に、先程の吐き気とは違うムカムカとした不快感が胃から湧き上がってきた。ずっとしまっておいたものが逆流してくるような感覚。それを察せられたのか、千歳はすぐに申し訳なさそうな顔をした。

「訂正します。今私はとても酷いことを言っていしまいました。ごめんなさい」

 素直に頭を下げる千歳にいいんだと愛生はこぼした。

「悪いのは僕だ。僕が甘かった。なんの苦労もせず幸せなだけの女の子を、わざわざ帝さんが守れだなんていうはずはないんだ」

 それは早々に覚悟を決めなければいけないことだった。覚悟を決めずに逃げていた。逃げ道がなくなり、ようやく愛生は覚悟を決めることができた。覚悟が決まったのなら、あとはもう進むだけだ。

「ありがとう」

 顔を上げて、愛生は千歳に言った。

「千歳に相談してよかった。これでぼんやりとだけど全貌が見えてきた。リナリアがその……非人道的な扱いを受けていたのかもしれないってことも、多分知っておくべきことだったろうから」

 だけれど、と愛生は強く言い放つ。

「そんな事情も、究極的には関係のないことだ。僕は帝さんに守れと言われた。だからあの子を守る。結局やることはそれだけだよ」

「……そうですね。帝さんがこのまま何も知らせないというのも考えられませんし、いずれなんらかのアプローチがあるでしょう。その時になれば全てわかることです。今この場で推測だけを並べるのは得策ではありません。これ以上は悪戯に私たち自身を貶めるだけでしょう」

 これで話は終わりとばかりに千歳はメニューを手に取り眺め始めた。切り替えが速いというより、切り捨てるような速さだった。さっきまでと雰囲気は変わっていないというのに、メニューを眺める姿はまさに華の女子高生といったところだ。しかしそこは天下の名門五月女女学院生。若い女子にありがちな姦しさは微塵もなく、むしろ気品や高潔を漂わせる仕種はさすがだと愛生は惚れ惚れした。女子校の実は意外と残念なエピソードは話の種にされがちだが、それもこの学院には当てはまらないんだろうなぁと愛生は感激を通り越して何故だかため息が出た。

 そんな愛生を一瞥してから、千歳はぐいっとメニューを突きだした。

「私はモンブランを頼みます。愛生も何か頼んだらどうですか? ここのケーキは美味しいんですよ」

 時間的にもうすぐ夕飯だし、そもそもそんな気分になれない愛生はケーキは遠慮しておいた。しかしモンブランを食べる千歳を一人何もせずに見ているというのも彼女に悪い気がしたので、コーヒーのお替りを頼むことにした。それを聞くと千歳はすぐさま店員を呼び止めモンブランとお替りを頼む。こういうのは普通男がやることではないのかと思いながらも、頼んだからにはすぐに店員がポットか何かでコーヒーのお替りを持ってくるだろう。愛生は残ったコーヒーを一気に飲み干した。殆ど手を付けられていなかったそれはすでに冷え切ってしまっていて、それでも黒々とした苦味だけは確かに愛生の口に届いた。

++++++++++

 すっかり日も暮れた七時過ぎ。千歳とのお茶会を終えて、ようやく愛生は帰宅することができた。

「ただいま」

 一人暮らしなので返事をする人なんていないのだが、愛生はいつも「ただいま」や「いってきます」を欠かさなかった。理由はわからない。ただ、たまに千歳や帝が部屋にいる時に「おかえり」と言われると、愛生はとても嬉しかった。その理由もよくわからないのだけど。

 靴を脱ぎ捨て、部屋に入る。

「おかえり」

 すると、小さくだがそんな声が聞こえた。愛生はびっくりして、その声の方を向く。そこにいるのは勿論リナリアだった。灰色の髪をした色白で、細見の、不死身の女の子。

 別に彼女の存在を失念していたわけではない。しかし返事が返ってくるとは思わなかったのだ。おかえりなんて言われることを愛生は予想もしていなかった。

「た、ただいま」

 たったそれだけのことで動揺した愛生はたどたどしくもう一度言う。リナリアは不思議そうな顔をしていたが、それでもきちんとまた「おかえり」と返してくれた。

 愛生は凄く、嬉しくなった。

 リナリアは変わらずソファの上で膝を抱えていた。ジュースは飲んだようだったが、机の上に置いたお菓子は減っていなかった。手を付けていないようだった。食べなかったのかと、リナリアに目をやると、すでに彼女は愛生を見てはいなく、その視線はテレビに注がれていた。何かのアニメを見ているようだった。画面ではえらくファンシーなキャラクターが面白おかしく漫才のようなお馬鹿な行動を繰り返していた。子供向けの絵面であったが、高校生の愛生が見ても結構面白く、ほんの少し目にしただけでも笑ってしまった。わかりやすくていいな、と愛生は思った。が、リナリアはその画面を無表情で見つめているだけだった。

「面白いか?」

 そう聞くと、リナリアはこちらを見ないまま頷いた。面白いらしい、笑っていないのに。

 愛生は一番面白いのはもしかしたらこの子かもしれないな、と思った。

「お腹減ってないか?」

 お菓子も食べていないのなら、かなり減っているのではないかと愛生は予想。リナリアはテレビから目を離さなかったが、しっかり頷いた。どうやら本当に面白いと思っているようだった。

 アニメが好きなのだろうか。そんなことを考えながら、愛生は帰り道にコンビニで買ってきた弁当を二つ電子レンジに突っ込んだ。買ってきたのはシャケ弁当。シャケ弁当なのにコロッケが入っている辺りがとてもチープな商品である。リナリアの好みがわからないため、当たり障りのないものを選んだつもりだった。レンジで温めている間にお茶を淹れる。ジュースもいいが、食事時はお茶がいいと愛生は思う。

 温まった弁当とお茶をリナリアの前に差し出した。リナリアはそれを受け取ると、ソファから降りて座布団に座り、それぞれ机に置いた。愛生の部屋の机は低く、椅子ではなく床に座って使うタイプだった。愛生は別段行儀作法にうるさい方ではないので、ソファに座ったまま膝の上にでも弁当を乗せて食べてもらっても構わなかったのだが、リナリアの好きにさせておいた。

「いただきます」

 両手を合わせて、一言。リナリアも愛生の真似をするようにいただきますと言って弁当容器の蓋を開けた。むわっと蒸気があがり、シャケや漬物の温まった匂いがした。愛生はコロッケを一口食べる。冷凍の味だった。シャケやその他にも手を付けた。美味しくはない、ただ不味くもない。まあまあかな、というのが愛生の感想だった。

 テレビではファンシーなキャラクターがまだお馬鹿な行動を繰り返していた。食べている間もテレビは消さなかった。これこそ行儀が悪いが、いつもは飯時も愛生は一人なのでテレビをつけていないとなんだか味気ないのだ。一人でもくもくと食べるよりも多少行儀が悪くとも笑いながら食べる方がずっとマシだと愛生は思う。相変わらず、リナリアは無表情だが目はテレビに釘付け。それでいて箸を持つ手は絶えず動いていた。お腹が空いていたのだろう。リナリアは愛生よりも早く弁当をたいらげてしまった。

 食事を終えて、愛生はもう一度風呂に入ることにした。昼間は千歳のおかげで湯船に浸かっただけで頭も洗えていなかったので、そのためだ。昼間のを沸かし直して、風呂に入ろうとすると、リナリアも入りたいと言い出した。お風呂が好きなのかもしれない。駄目だと言う理由もなかったので愛生は承諾。そして結局また一緒にお風呂に入った。何故千歳に怒られたのかちっとも理解していない愛生であった。しかし本能的に危険を察したのか、今度は体や頭を洗ってあげようかと提案することはなかった。そこを踏みとどまっても殆ど意味はないのだが。

 リナリアは一人でも器用に頭も体も洗えていた。他人が体を洗っている様子は見ていてなんだか面白いと愛生は思った。

 風呂から出ると、九時を回っていた。随分と長風呂をしたようである。愛生は少しのぼせ気味だった。リナリアはピンピンしていた。多分、自己回復リカバリーの効果だろうと愛生は少しだけその能力が羨ましくなった。

 のぼせてはいないものの、愛生の部屋を訪れるまでのダンボール旅行に疲れたのか、リナリアはすっかり眠くなってしまっているようだった。さっきからずっと船を漕いでいる。

「もう寝ちゃおうか」

 リナリアが頷いたように見えたが、船を漕ぎっぱなしなので少し判別が付きにくかった。しかしどっちにしろ放っておいたら寝てしまいそうなので、愛生はさっさと寝る準備を整える。机を少し端に移動して布団を敷くだけので楽なものだった。

「とりあえず今晩は僕の布団を使って」

「……あなたの布団は?」

 瞼を擦りながらリナリアは尋ねる。愛生はソファを指さした。リナリアは首を傾げる。それで寝るの、とでも言いたげだった。

「寝たことないから、リナリアにはわかんないだろうけど、結構寝心地いいんだぜ? これ」

 そう言って、実演して見せるように横になる。それを見てからリナリアは倒れるように愛生の布団に潜り込んだ。もぞもぞとしばらく動いていたが、やがてスースーと小動物のような寝息が聞こえてきた。本当に疲れていたのだろう。

 リナリアのあどけない寝顔は本当に年相応の少女のもので、その寝顔を見る限りでは本当にこんな子があんな不死身まがいの能力を持っているとは到底思えない。

 もし仮に、仮にの話だ。千歳の言う通り、彼女が便利なモルモットのような扱いを受けていたとしたら。フェーズ7という希少性。それでいて不死身だ。超能力者を人間とも思っていない研究者であれば嬉々として彼女の体を弄り回すだろう。何せ不死身で、しかも世間にその存在を知られていない人間だ。どんなに非人道的で悪趣味な実験を繰り返そうと命や被験者の健康の心配をすることなく実験データが積まれていくことだろう。ほんの一瞬でもその様子を想像してしまったがために愛生はどうしようもなく嫌な気分になった。

 自分の中に生まれた感情を部屋の灯りごと消して、愛生は再びソファに横になった。

 感情は消したが、考えは中々消えてくれなかった。ならばどうして帝はリナリアを助けたのだろう。誰かに依頼をされたのか、そうだとしたら一体誰に。

 これ以上は悪戯に私たち自身を貶めるだけでしょう。

 千歳のその言葉が身に染みた。考えるだけ無駄なのだ。感情も考えも全て振り払い、愛生は強く目を瞑った。そうするだけで、自然と眠りに落ちれる。

 自分で言っておいてなんだが、このソファは本当に寝心地がいい。

 帝に感謝しながら、愛生は眠りについた。


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