自己陶酔型上から目線批評家がゆく(二千文字小説)
お一人様企画ホラー部門第二弾です。
私は三河島綾子。文壇でも名の通った書評家だ。数多くの小説やら詩やらエッセイやらを批評して来ている。その遠慮しない書き方に陰口を叩かれる事もしばしばだが、全然気にしていない。むしろ、それは私にとっては「勲章」なのだ。批評家は嫌われてナンボなのだ、と思っているから。
そんな私の元にある出版社の編集者がやって来た。お盆も過ぎて、暦の上ではすっかり秋のはずなのに、まだ焼け付くような日が続いている昼下がりだ。
「先生、書評をお願いしたい作品があるのですが」
ヒンヤリとエアコンの効いた書斎に足を踏み入れるなり、その編集者、権藤卓美は言った。彼はたびたび私に書評の依頼を持って来る編集者だが、どうも私を怖がっているようで、オドオドした目をしている。私は書評は辛口だが、人当たりは至って普通なのに。ちょっとイラつく男だ。私は専用の大きな革張りの椅子に身を沈め、権藤を上から下まで見る。
「そうなの。どんなお話かしら?」
微笑んで話を促した。権藤は何故かビクッとして後退り、
「ホラー小説なんです。我が社で育てて参りました新進気鋭の作家です。いえ、その予定の人物です。先生に書評を書いていただき、弾みをつけられれば、と思いまして」
「ふーん」
権藤のリアクションにカチンと来た私はぶっきら棒に返事をし、差し出されたA4サイズの茶封筒を受け取った。
「そんなとこに突っ立ってないで、椅子に座りなさいよ」
私はボケッとした顔で立っている権藤を見上げて言う。権藤はまたビクッとし、
「あ、はい、すみません」
とコメツキバッタのようにお辞儀をしてそばにある肘かけ付きの回転椅子に腰を下ろした。私はそれを確認してから、徐に封筒から原稿を取り出した。直筆ではなくプリンターで印刷したものだ。もうそれだけで評価が下がる。
(これからデビューをしたいと思っていて、しかも私に読んでもらいたいと思うのなら、手書きで原稿を上げなさいっていうの!)
心の中で毒づき、私は机に向き直ると、原稿を読み始めた。すると権藤が、
「申し訳ありませんが、私はこれで失礼致します」
と立ち上がった。
「何言ってるの? 大した量じゃないから、読み終わるまで待ってなさいよ」
私はムッとして振り返り、権藤を睨んだ。権藤はその視線にピクンと身体を動かしたが、
「そうしたいのはやまやまなんですが、これからすぐに次の先生のところに原稿を受け取りに行かないといけないんです」
いかにも申し訳なさそうに私を見る権藤。面倒臭くなったので、
「わかった。じゃあ、その帰りにまた寄ってよ。送り返したり持って行くのなんか、願い下げだからね」
と言った。
「わかりました。では」
権藤まるで私が追い立てたかのようにあっと言う間に書斎から出て行ってしまった。何だろう、あの慌てようは? そんなに忙しいのなら、別の機会に持ってくればいいのに。結局二度手間でしょ?
「バカみたい」
独り言を言って、私は再び原稿に目を向けた。
内容は至ってありきたりだった。何の目新しさもオリジナリティも感じない。よくこんな駄作を書く作家を、いや、作家もどきを売り出そうなんて思ったものだ。あの出版社ももうダメだな。私は溜息を吐くと、書評を書いた。もう一度一からやり直した方がいいというような内容だ。やり直しても無理だろうが、さすがの私でもそこまでは書けない。そして、書評を書いた原稿用紙を二つに折り、原稿と共に封筒の中に入れた。無駄な時間だった。そう思った。
私は茶封筒を机の上に置いたまま書斎を出た。そして、あれこれ家の用事をこなしているうちに日は傾き、夕暮れ時になった。
「遅いな、あいつ」
どこの誰の所まで原稿を取りに行ったのか知らないが、いくら何でも時間がかかり過ぎだ。頭に来た私は出版社に電話をした。すると驚きの答えが返って来た。
「権藤は先生のお宅には伺っておりませんよ」
「え?」
どういう事だ。では、あれは誰だ? 見間違えるはずもないくらい何度も顔を合わせている男だぞ。私は一瞬寒気がしたが、馬鹿馬鹿しいと首を横に振り、
「では、誰でもいいから原稿を取りに来てくれませんか」
「どなたの原稿ですか?」
電話の向こうの編集者も訝しそうな口調になっている。それはそうだ。行っていないはずの男が届けた原稿を取りに来いと言われたのだ。変に思うのが普通だろう。私は手にしていた茶封筒から原稿の一枚目を取り出して作家の名を確認し、
「庭代和磨さんですよ」
と言った。小さく、「え?」という声がしてしばらく反応がない。
「ちょっと! どうしたんですか!?」
私は堪りかねて怒鳴った。するとようやく、
「その人、以前先生に酷評されて自殺した方ですよ」
全身から嫌な汗が噴き出した。その途端、背後に誰かがいる気配がした。
「先生、どこを直せば良いでしょうか?」
その声に振り返る事なく私は気絶した。
お粗末さまでした。