のど自慢令嬢
「リリー・ストーンリバー公爵令嬢! 貴女との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの席上で、レオン王子が宣言した。
王族だけあって、朗々とした美声である。
思い思いに歓談していた華やかな装いの卒業生たちは、会話を止めて壇上の王子に注目した。
「貴方は私の婚約者にふさわしくない。このミソラ・ラーク男爵令嬢を新たな婚約者とする」
レオンにぴたりと寄り添うミソラは気弱そうに震えながら、内心では勝利の喜びを噛み締めていた。
長かった……前世の記憶を取り戻してから十年。
なけなしの知識を絞り出して商売を始め、なりふり構わず荒稼ぎして王立学園に入学するための資金を貯めた。
それもこれもレオン王子と結婚するため!
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインで、うまくいけば王子妃ルートが拓けるけれど、金がないと途中で詰むから!
商才のない親の尻ぬぐいに奔走し、弟妹の面倒を見ながら、必死に稼いで、勉強もサボらず、王子の攻略にも手を抜かず、やっとの思いでここまできたのだ。
後は悪役令嬢があっさりと身を引いてくれれば。
もし悪あがきするようなら、もう一仕事しなくてはならなくなるけど。
仮に公爵令嬢リリーが自分と同じ転生者だったとしても、引きずり下ろす自信はあった。
ミソラはラノベによくあるようなお花畑ヒロインではないという自負がある。
知恵比べで悪役令嬢に負ける気はしない。
公爵令嬢リリーは群衆の中から悠然と前に出てきた。
ドレスといい、宝飾品といい、他の令嬢たちより一段上の華やかさである。
リリーはレオンに負けず劣らずよく通る美声でこう言った。
「殿下、私の心情をここで、大勢の皆様の前でお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「言いたいことがあるなら言うがいい。それくらいの権利は貴女にもある」
「ではお許しを得て一曲」
……一曲?
一言ではなく?
と、ミソラが首を傾げていると。
リリーが指をパチンと鳴らした。
取り巻きが数名、ササッと背後に並ぶ。
彼らの手には楽器があった。
前奏が始まった。
そしてリリーは歌い出す。
~♪領地発の長距離馬車降りた時から
「昭和の名曲じゃないの!?」
「ミソラ、どうした?」
「い、いえ、なんでもありません」
ミソラの前世は平成生まれだったが、間違いない。
イントロもメロディも前世のミソラが知っていた有名な歌謡曲そのものだ。
混乱するミソラをよそにリリーの歌声は続く。
~♪王都は春の花の中
~♪貴族子女が集う場所は誰も無邪気で
~♪噂の種をまいている
~♪私は一人送迎馬車に乗り
~♪生徒会の帳簿広げ書いていました
こいつ転生者確定だ!
ミソラはリリーを改めて敵認識した。
~♪ああああ~
「なんと、あの唸るような歌唱法は……」
「初めてですわ、あのような歌い方」
「心揺さぶられるようだ」
悪役令嬢がこぶし回してんじゃないわよ!
ミソラは苛立ちを感じていた。
リリーが演歌で聴衆の心を掴み始めている。
乙女ゲームを知らないフリして密かに爪を研いでいたに違いない。
ここからどう断罪返しにもっていくつもりなのか。
やれるもんならやってみなさいよ、受けて立つわよ!
~♪ごらんあれが辺境領 北のはずれと
「二番も歌うんかい!!」
「ミソラ?」
「な、なんでもありません!」
~♪見知らぬ人が地図を差す
~♪辺境領 公爵領 隣同士ね
~♪一つになってもいいかもね
~♪さよならあなた 私は旅立つわ
何やら不穏な歌詞が聞こえた気がするが、そろそろサビだ。
二番がもうすぐ終わる。
~♪あなたの代わりがいるかしら
~♪日ごとさみしさつのります
「別の曲にいったーーー!?」
「ミ、ミソラ?」
二番が終わる前に次の曲につなぎやがった!
メドレーか!?
昭和名曲メドレーなのか!?
いったい何曲続けて歌うつもりなのか。
まずい、この調子で群衆の人気を鷲掴みにされては……!
ミソラの焦りを知らぬ顔でリリーは切々と歌い続ける。
表情も仕草も、情感たっぷりに。
~♪使ってもらえぬハンカチを
~♪針で何度も刺してます
「呪いか?」
「恨みを込めて刺繍しているのね」
「わかる……蔑ろにされてたもんな」
「気の毒に」
聴衆の中には涙ぐんでいる者もいる。
レオンでさえ戸惑いながらも聞き惚れずにはいられないようだ。
悪役令嬢にこんな特技があったなんて……!
歌の力は凄い。
原曲を知っているミソラでさえ、いや、原曲の歌詞を知っているからこそ、目が離せない。
リリーがどのように替え歌にするのか知りたい!
祖父母世代の名曲を悪役令嬢がどうアレンジするのか……。
~♪乙女ゲームの試練でしょう
「ちょっと待って! 今乙女ゲームって言ったよね!? はっきりそう言ったよね!?」
やっぱり転生者で、ゲームだって知ってた!
ほらね、あなたは悪役だし、私がヒロインよね!?
息まくミソラだが、誰も彼女に注目しない。
全員がリリーのパフォーマンスに目を釘付けにされていた。
~♪頭おかしい人の業
「ねえ、それ誰のこと言ってるの? 私? それともレオン様?」
「……リリー、私は君をこんなにも傷つけてしまっていたのだな」
「レオン様!? 洗脳されないで! あの人ディスってるだけだから! 私たちのことディスってるだけだから!」
涙ぐむレオン。
感動ですすり泣く令嬢たち。
ハンカチを取り出し、手渡す令息たち。
誰もミソラに注目しない。
今日の主役がどっちなのか、誰の目にも明らかだ。
朗々と歌い上げたリリー。
伴奏の終わりに合わせて、優雅に一礼する。
聴衆から万雷の拍手が沸いた。
「婚約破棄、確かに承りました」
<完>




