灼熱の告白
アタルの指導が本格化した。
裏庭の焚き火のそばで、真実視の「焦点化」を学ぶ。すべてが色彩の洪水に呑まれるのではなく、注意を向けた対象だけに真実視の焦点を合わせる技術。焚き火の炎を見つめ、その白い光を意識の芯に据える。白を掴むのではなく、白の中に沈む。アタルの教えは抽象的で、キアンの身体はなかなかそれについていけなかった。
「鍛冶屋が鉄を打つように──力を形にするのは技術であって怒りではない」
アタルが穏やかに言った。色のない声。この老人の声だけが、色彩の氾濫の中でキアンを落ち着かせる。焚き火の爆ぜる音がその声の隙間を埋め、裏庭に穏やかな時間が流れる。煤の匂いと、乾いた土の匂い。キアンはこの匂いに慣れ始めていた。修練の匂いだ。
焚き火の炎を見つめる。白い。真実の色。その白を意識の中心に据え、周囲の色彩を遠ざける。集中する。白──白──白──炎の揺らめきが視界の中央を占め、それ以外が薄くぼやけていく。
ダメだ。感情が揺れると制御が崩れる。裏庭の向こうから聞こえる子どもたちの声が、赤と白の閃光となって割り込んでくる。「今日は粥じゃなくてパンだって!」──淡い赤。嘘ではなく願望。だがその声の色が焦点化を破壊する。集中が途切れ、色彩が視界に溢れ返る。頭がずきりと痛む。
「力んでおる」
アタルが枝を折りながら言った。枯れ枝がぱきりと乾いた音を立てる。
「白を掴もうとするな。白の中に沈め。炎を見つめるのではない。炎の中に入れ」
理屈はわかる。だが身体が従わない。意識を集中しようとすればするほど、周囲の色彩が鮮明になる。力めば力むほど、色彩の洪水が押し寄せる。逆説だった。見まいとするほど見えてしまう。
不器用な修練が続いた。進歩は遅かった。だが焦点化の「感覚」だけは、ぼんやりと掴み始めていた。一瞬だけ──ほんの一瞬だけ、炎の白以外の色が消える瞬間がある。その瞬間、頭痛が消え、視界が澄み、世界が静かになる。長くは続かない。呼吸ひとつ分にも満たない。だがその一瞬の静寂が、制御への道筋を示していた。
修練の後、キアンは孤児院の廊下を歩いていた。
ダルシュと、その取り巻きが前方に立っていた。三人。廊下を塞ぐように並んでいる。ダルシュの腕が太い。両脇の二人も体格がいい。三人の視線がキアンに集まり、廊下の空気が冷えた。
「おい、キアン。最近口数が減ったな。生意気な口が利けなくなったか」
ダルシュの声は白に近い。嘲りではなく、本心からの蔑みだった。嘘がないぶん、突き刺さる。以前は嘘で切り抜けていた。「ダルシュ、厨房のばあさんがお前を探してたぞ」とか、「上の神官が見回りに来るって聞いたけど」とか。口先の嘘で危機を回避するのがキアンの得意技だった。嘘は相手の注意を逸らし、恐怖を与え、撤退の口実を作る。十六年間磨いた技術だった。
嘘を口にしようとした。喉が灼けた。声が途切れ、出かけた言葉が消える。熱い痛みが喉の奥を焦がし、咳が漏れる。
沈黙。
ダルシュが嘲笑った。「何だ、声も出ねえのか」。拳が飛んできた。避ける暇もなかった。キアンは避けきれず、頬に衝撃を受けた。視界が白く弾け、体が傾ぎ、壁にぶつかる。後頭部が石壁に当たり、鈍い痛みが頭蓋の内側を反響した。口の中に鉄の味が広がる。唇の内側を噛んだのだ。
殴り返す力はない。嘘で切り抜ける術も失った。残された選択肢は一つだった。
逃げた。
廊下を走り、角を曲がり、裏口から外へ飛び出した。ダルシュたちの怒号が背後に遠ざかる。「逃げんなよ!」「追え!」。だがキアンは小柄で足が速い。廊下の角を巧みに曲がり、倉庫の裏を抜け、追手を振り切った。情けなかった。嘘という武器を失った少年の、裸の姿だった。嘘で戦えなくなったら、逃げるしかない。それが今のキアンの現実だった。
孤児院の裏手で膝に手をつき、荒い息をしていた。頬がじんじんと痛む。殴られた箇所が腫れ始めている。指で触れると、皮膚が熱い。腫れた頬の下で、歯が軋む。口の中の鉄の味がまだ消えない。唾を吐くと、赤い点が地面に落ちた。
「怪我をしていますね」
アナヒドだった。裏手の井戸の傍に立っている。巫女の装束が午後の陽に白く映えている。三つ編みが肩の上で風に揺れ、青い刺繍の袖口が光を反射している。いつからそこにいたのか。キアンが逃げてくる前からか。あるいは、キアンが来ることを知っていたのか。
キアンの頬の痣を見て、アナヒドは銀壺の蓋を開けた。蓋が外れた瞬間、微かに冷たい空気が流れ出す。銀色の水が瓶の口から溢れ、アナヒドの指先を伝って流れ落ちる。その水は普通の水とは違った。微かに光を帯び、冷たいのに温かい。矛盾しているが、そうとしか言えない。水の表面に微かな虹が揺れ、光の粒子が指先から滴り落ちている。
アナヒドの指が、キアンの頬に触れた。
水が傷口に染み込む。冷たさが痛みを包み込み、灼けるような腫れが引いていく。治癒の水。アナーヒターの巫女に伝わる浄化の力。水が肌に沁み込むにつれて、腫れの下の鈍痛が薄れていく。頬の熱が引き、皮膚が元の温度に戻っていく。不思議な感覚だった。痛みが消えるのではなく、痛みが水に溶けて流れ去っていく。
「別に痛く──」
喉が灼けた。言えない。「痛くない」は嘘だ。体が嘘を許さない。喉の灼熱感が言葉を焼き切り、声が途切れる。
長い沈黙の後、キアンは呟いた。
「……痛い」
それは真実だった。喉は灼けなかった。たった二文字の本音が、喉を灼くことなく唇から零れ落ちた。痛い。殴られた頬が痛い。嘘がつけないことが痛い。逃げるしかなかったことが痛い。すべてが痛い。だがその痛みを口にすることは──嘘をつくより何倍も恐ろしいことのはずだった。なのに、言えた。
アナヒドは何も言わなかった。ただ水の治癒を続けた。指先から流れる銀色の水が、キアンの頬の痣を薄めていく。無言の時間。言葉の代わりに、水だけが流れていた。風が裏庭を吹き抜け、井戸の滑車が軋む音がする。遠くで子どもたちの声が聞こえるが、ここは静かだった。
治癒が終わり、アナヒドが手を引いた。キアンは頬に触れた。痛みが消えている。腫れも引いている。指先に触れる肌は滑らかで、殴られた痕跡がどこにもない。
「……ありがとうとは言わないぞ」
喉が灼けた。嘘だった。ありがとうと言いたかった。だがそれを口にする勇気が、まだない。本音を口にすることは、嘘をつくよりずっと難しい。嘘は相手との間に壁を作る。本音は壁を壊す。壁の向こうに何があるかわからないことが、怖い。
アナヒドが去った後、キアンは喉を押さえた。
嘘が灼ける。本音は灼けない。だが本音を口にすることは──嘘をつくよりずっと、怖い。




