排斥
やや大きな集落に到着した。市場がある。人が多い。
人が多いということは、嘘も多い。
集落は巡礼路の交差点に位置し、四方から旅人が集まる要衝だった。日干しレンガの建物が密集し、狭い路地が入り組んでいる。市場は集落の中心にあり、色とりどりの布天幕の下に露台が並んでいた。干し果実、香辛料、革細工、陶器、染め布──荒野の中にあって、ここだけが生命力に溢れている。人の声が路地に反響し、驢馬の蹄が石畳を叩き、焼き肉の煙が天幕の隙間から立ち昇っている。
アナヒドが食料の買い出しのために市場を訪れることを提案した。旅の干し肉が底をつきかけている。パンも残り少ない。水袋も補充が必要だった。キアンは行きたくなかった。人混みは危険だ。だが「行きたくない」と言えば──喉は灼けなかった。本音だから。だがアナヒドの心配そうな顔を見て、黙って付いていくことにした。
市場に足を踏み入れた瞬間、色彩の洪水が押し寄せた。商人の値付けの嘘が赤い帯となって視界を横切る。「この品は最上級だよ、お嬢さん」──深い赤。声が空中で赤く灼け、熱を帯びて消えていく。客の値切りの嘘が重なる。「他の店ではもっと安かった」──淡い赤。夫婦の会話に混じる社交辞令。「その服、よく似合ってるよ」──薄い赤。子どもの強がり。「転んでも泣かないもん」──可愛らしい赤。老人の自慢話。「わしが若い頃は──」──年季の入った赤。すべてが赤い色彩の濃淡となって視界を埋め尽くす。何十人もの声が同時に色を帯び、色の洪水が脳に流れ込む。市場の匂いも色も音も、すべてが一度に襲いかかってくる。焼いた肉の脂の匂い。香辛料の粉が鼻を突く。驢馬の嘶き。銅貨が台に落ちる音。それらの中に、赤と白の色彩が渦を巻いている。
焦点化を試みた。白を基準にせよ。露台に積まれた果実の白い光を意識の芯に据え、周囲の赤い色彩を遠ざけようとした。果実は嘘をつかない。林檎は林檎であり、それ以上でもそれ以下でもない。白い基準点。そこから周囲の赤を相対的に捉えようとする。だが市場の喧噪の中では、白を維持する余裕がない。一つの白に焦点を合わせた瞬間に、背後から新しい赤が飛び込んでくる。左から商人の声、右から客の声、正面から子どもの叫び──三方向から同時に色彩が襲いかかる。色彩が波のように押し寄せ、引いては押し寄せ、キアンの制御を浸食していく。修練の成果が、人混みの前では無力だった。焚き火の前での一対一の修練と、市場の何十人もの声の同時攻撃では、次元が違う。
頭痛が始まった。こめかみの奥で鈍い痛みが脈打ち、視界の端が歪む。吐き気がせり上がり、口の中に酸っぱい唾液が溜まる。
一人の商人に目が止まった。薬を売っている男。真実視が勝手に焦点を合わせる。制御ではなく、反射だ。男の言葉が赤く灼けている──売っている薬に混ぜ物がしてある。安い材料を高価な薬として売っている。病人が買っていく。赤ん坊を抱えた母親が、最後の銅貨を払って偽薬を買っている。その赤ん坊の咳が白い──本当に苦しいのだ。偽薬では治らない。
怒りが沸いた。制御が崩壊した。
キアンは無意識に声を上げていた。「あの薬は偽物だ。半分は砂だ」。自分の声が自分のものではないように聞こえた。市場の喧噪が一瞬止まる。商人が目を剥く。周囲の人々が振り返る。何百もの目がキアンに集中した。
止まらなかった。視界に流れ込む嘘が次々と声になる。力が口を動かす。神殿の中庭での暴走と同じだ。怒りが制御を壊し、真実が勝手に溢れ出す。
「あの男は妻に嘘をついている」「あの女は隣人の物を盗んだことがある」「あの老人は──」
パニックが広がった。人々がキアンから離れようとし、押し合い、叫ぶ。露台が倒れ、陶器が割れる音がする。子どもが泣き出す。商人が怒鳴る。「悪魔の目だ」「化物だ」「近づくな」という声が上がった。恐怖が怒りに変わり、怒りが暴力に変わる。
石が飛んできた。
最初の一つがキアンの肩に当たった。鈍い衝撃が骨を震わせる。次の一つが額をかすめた。皮膚が切れ、血が眉に流れ落ちる。痛みで意識が戻り、暴走が止まった。口が閉じる。声が消える。だがもう遅かった。市場は混乱の渦中にあり、人々は恐怖と怒りに駆られていた。
「近づくな!」「悪魔の目を持つ者だ!」
石が降り注ぐ中、キアンは市場の外へ走った。背中に石が当たる。肩甲骨のあたりに鈍い痛みが走る。脇腹にも一つ。膝が震えて足がもつれそうになるが、走った。振り返らなかった。路地を抜け、壁を飛び越え、集落の外の荒野に飛び出した。
集落の外で、膝を抱えて座り込んだ。
砂の上に血が落ちた。額の傷から流れる血が、顎を伝って膝に滴る。背中が痛い。肩が痛い。喉が灼ける。灼けるのは嘘のせいではない。叫びすぎて嗄れた喉が、ただ物理的に痛い。
嘘つきだから嫌われた。真実を語るからも嫌われた。どこにも居場所がない。嘘をつけば喉が灼ける。真実を語れば石が飛んでくる。嘘つきにも真実の語り手にもなれない。何者でもない。神殿では異端者として追われ、市場では悪魔として石を投げられる。孤児院の寝台に戻ることもできない。この荒野の砂の上だけが、今のキアンの居場所だった。空が広い。星が白い。自然だけが嘘をつかない。だが人間は自然の中だけでは生きられない。人と関わらなければ生きていけない。人と関わればまた石が飛ぶ。堂々巡りだった。
アナヒドが隣に座った。
いつ追いついたのか。息を切らして、巫女の装束の裾が砂に汚れている。額に汗が光り、三つ編みが乱れている。走ってきたのだ。キアンを追って。何も言わなかった。ただ、隣に座った。
銀壺の蓋を開け、水を掌に受けた。キアンの額の傷に、指先で水を当てる。冷たい水が傷口に染み込み、血が止まっていく。アナヒドの指が震えていた。共感力がキアンの痛みを受信しているのだ。痛いのはキアンだけではない。
沈黙が流れた。キアンは何も言えなかった。嘘は灼ける。本音は怖い。アナヒドも何も言わなかった。ただ、傍にいた。水の治癒を終えても、隣に座り続けた。
傍にいることだけが、二人にできることだった。
やがてアタルが杖をつきながら現れた。老人は市場の騒動を遠くから見ていたのだろう。慌てた様子はない。三人の前に腰を下ろし、焚き火も起こさず、ただ静かに座った。
「二度目じゃな」
キアンは頷いた。声が出なかった。
「三度目はないようにせねばならん。そのための修練が、明日から変わる」
アタルの声には色がなかった。いつものように。だがその声の奥に、初めて──ほんの微かに──焦りに似た何かがあるように、キアンには感じられた。この老人が焦ることがあるのか。その疑問が、夜風に乗って闇に消えた。




