追放
追放は厳かに、そして冷淡に行われた。
神殿の中庭に人が集められた。孤児院の仲間たち、神官たち、信徒たち。キアンが十六年間過ごした場所の、すべての顔がそこにあった。朝の光が中庭を照らし、石畳が白く輝いている。風がない。空気が停滞し、香の煙が真っ直ぐに天へ昇っていく。誰もが沈黙していた。追放の儀式には、言葉は最小限しか許されない。
神官長が壇上に立ち、追放令を読み上げた。手には巻物を持ち、荘厳な声で一語一語を刻むように発する。
「キアンは異端の目を持つ者として、火の神殿から追放する。二度と聖火の前に立つことを許さず、火の神殿の庇護を受ける権利を剥奪する」
キアンの真実視が神官長の言葉を視た。赤い。追放は「安全のため」ではない。厄介者を排除するための処置だ。キアンの力が神殿の秘密を暴くことへの恐怖が、赤い色彩となって神官長の言葉に滲んでいる。深い赤。隠蔽を守るための追放。体面を保つための排除。信徒の安心を維持するための犠牲。すべてが赤い。
だが──赤の中に、微かに白い光が混じっていた。神官長の言葉のすべてが嘘ではなかった。ほんの一部だけ、白い真実が混じっている。この子を神殿に置いておけば、さらに混乱が広がる。それは事実だ。キアンの存在が神殿の秩序を乱すことは、嘘ではない。神官長は嘘つきだが、嘘の中に真実を混ぜる技術に長けている。嘘つきには、わかる。
孤児院の仲間たちは沈黙していた。目を伏せ、顔を背けている。キアンを庇う者はいなかった。責めるつもりはない。庇えば自分も巻き込まれる。孤児院では自分を守ることが最優先だ。キアンはそれを誰よりも知っていた。自分だって同じ立場なら、目を伏せていただろう。
食堂で粥を分けてやった小さな子どもが、群衆の中に立っていた。痩せた腕で隣の子の袖を掴み、俯いている。目の下の隈はまだ消えていない。あの子の「ありがとう」は白かった。いつも白かった。だが今は、視線を合わせてくれない。
何か言おうとした。皮肉のひとつでも返してやろうと思った。「せいせいしただろ」とか、「これで俺の粥の分が浮くな」とか。だが何を言っても喉が灼ける。「平気だよ」──灼ける。「どうせここには未練なんかない」──灼ける。嘘は一つも口にできなかった。本音しか口にできない身体で、本音を口にする勇気がない。
黙って頷いた。それだけが、キアンにできる応答だった。中庭の風が砂塵を巻き上げ、キアンの巻き毛を揺らした。唇を噛んだ。何か言いたかった。何を言いたいのか自分でもわからなかった。ただ、この沈黙が自分の全てであることだけが、痛いほどにわかった。
中庭を離れた。背後で神官長が何か叫んでいたが、もう聞こえなかった。廊下を歩き、自分の寝台に向かった。寝台はいつも通りだった。薄い毛布。硬い枕。枕の下に隠した小銭。何も変わっていない。だが今夜からここには戻れない。
門前で荷物をまとめた。荷物と言えるほどのものはない。数着の着替えと、孤児院の寝台の下に隠していた小さな革袋。中身は聖火の灰だった。消えた夜、衝動的に火皿から掬い取ったもの。なぜ持ち出したのか、自分でもわからない。灰は白く、乾いていて、指の間から砂のようにこぼれる。三千年燃え続けた炎の、最後の残滓。これだけが、キアンが聖火と過ごした夜の証拠だった。
「私はあなたの監督を命じられています。追放されても、その任は解かれていません」
アナヒドが門前に立っていた。巫女の装束に旅支度を加えた姿。肩から革の鞄を下げ、足元は歩きやすい革靴に変わっている。銀壺が腰に揺れ、水の音が微かに鳴っている。三つ編みを首の後ろで束ね直し、旅に出る覚悟が佇まいに表れていた。
表向きは任務だった。だがキアンの真実視は、アナヒドの言葉に任務だけではない微かな別の色が混じっていることを視た。赤でも白でもない、曖昧な色。淡い紫のような、夕暮れの空のような、名前のつかない色。まだ感情の形を成していない何か。心配とも同情とも違う、もっと漠然とした──関心。キアンという人間への、純粋な関心。アナヒドは旅支度を整えてここに立っている。命じられたから来たのか。自分の意志で来たのか。その境界が、紫色に曖昧に揺れている。どちらでもいい。ここにいてくれるなら、それで。
「……好きにしろ」
喉は灼けなかった。好きにしろ──それは嘘ではなかった。正直に言えば、一人で旅に出る覚悟がなかった。それも嘘ではない。
門の外に出ると、アタルが待っていた。
小柄な老人が、旅装束を纏って門柱に寄りかかっている。白い衣の代わりに灰色の外套を羽織り、杖を手にしていた。足元には小さな荷物がまとめられている。日に灼けた褐色の顔に、穏やかな笑みが浮かんでいる。朝の光がアタルの白髪を照らし、銀色に輝かせていた。
「わしも老いぼれに用のない神殿にはおれんでな」
キアンは「嘘だ」と言いかけた。だがアタルの言葉には色が視えない。嘘か本当かすらわからない相手に、何を言えばいいのか。この老人は自分の意志で来ている。それだけは確かだ。理由は──わからない。
三人が揃った。信頼はまだない。嘘つきの孤児と、共感者の巫女と、色のない老人。奇妙な組み合わせだった。目的地すら決まっていない。行くあてもない。神殿を追われた者と、神殿に命じられた者と、自ら神殿を出た者。三者三様の立場と動機が、門の前で交差している。だが──三人、揃った。それだけで十分だった。一人よりは、三人のほうがいい。それは嘘ではなかった。
門を出た。門の外は広かった。見渡す限りの乾いた大地が広がり、遠くに山の稜線が霞んでいる。風が吹いた。神殿の中庭とは違う、何にも遮られない風だった。砂と草の匂いを含んだ風が三人の髪を揺らし、衣の裾をはためかせた。道は一本、西に向かって伸びている。
振り返ると、聖火が消えた神殿は灰色に沈んでいた。石壁に刻まれた善悪を示す紋章が、もう何も照らさない聖火の間を見下ろしている。朝の光の中で、その紋章は色を失って見えた。善の紋章も悪の紋章も、同じ灰色の石に戻っている。
振り返らないと決めたのに、足が止まった。十六年間の記憶が、石畳と壁と空の隙間から滲み出してくる。聖火の温もり。食堂の喧噪。裏庭の焚き火。冷たい石の床。粥の匂い。子どもたちの笑い声。ダルシュに殴られた頬の痛み。アナヒドの水の冷たさ。アタルの色のない声。「痛い」と口にした夜。すべてがここで起きた。ここがキアンの全世界だった。嫌いだった。嫌いではなかった。そのどちらも嘘ではない。
「……あばよ」
喉は灼けなかった。それは嘘ではなかった。
キアンは十六年を過ごした神殿に背を向け、歩き出した。アナヒドが右に、アタルが左に並ぶ。三人の足音が、乾いた道の上に重なった。




