第12話
先手を譲るわけにはいかない。あちらの方が移動が速いということはそれだけ取れる戦略も広いという事。
故にこちらから仕掛ける。私に注意を向けさせることで、奏に近づけさせないようにするために。
【オ……】
「ふっ!」
初めに一発、雄叫びか何かをあげようとした魔獣に対し、腕が壊れない程度のほどほどの強さで下から顎を狙う。魔獣とて私たちと同じ生き物であることは間違いない。
そして正攻法で倒せないなら、多少小賢しかろうが搦め手を使う。顎を狙うのは脳震盪で動きづらくなることを狙っての一撃だ。とはいえこれは、当たればいいなとお願い感覚で打ったものでしかない。
無論避けられる。当然だ。あっちは常に全力で身体強化しているのと変わらないのだから、動体視力だってずっといい。今の一撃が常人には認識不可能な一撃であろうとも、魔獣の目には止まっているのと大差ないだろう。
だけどその躱し方は私の狙い通りだ。魔獣は雄叫びをあげようと上を向いていた。そこをさらに下から掬い上げようとしたのだから、魔獣は上体を逸らせて回避するしかない。
これは賭けだった。普通に受けられていたらそのまま掴まれて終わり。投げ飛ばそうがかみ砕こうが生殺与奪の権利は魔獣のものだった。
けど私は賭けに勝った。上体を逸らし避けた魔獣の腹に、突っ込む勢いを利用した蹴りを足裏でぶち込む。
いくら身体能力に差があろうとも、崩れた姿勢で腹に良いのをもらったら効くだろう。それが自分より少し弱い力であってもだ。
実際魔獣は私の蹴りで5mほど吹き飛んだ。すぐに体勢を立て直すけど、今できたこの5mは非常に大きい。奏から距離を離せたのだから。
しかし同時に、私の心では暗雲が立ち込める。だってそうだろう。一歩、いや半歩間違えたら死ぬ賭けに勝って私が得たものはたった5mだ。
この魔獣に勝つまでに、私はこのギリギリの賭けを何度成功させればいい?
「いやになるね……!」
とはいえ弱音ばかりも吐いていられない。あちらから動かれたら負けなのだから、こちらから動かなければ。どれだけ頭を回せばいい?有利を作り奏と一緒に生きるには、何度賭けに勝てばいい?
それにしても、戦闘行為は初めてだというのにやたら頭が回る。魔法少女に近接戦闘のイロハなど必要ないから、私も教わったことなどないというのに。
それに何だか、感じていた在り方のずれというのが少なくなった気がする。タイミングはさっき腹を蹴飛ばしたとき。
よくわからないことだけど、戦いやすくなること自体は好都合だ。ただのプラシーボな可能性もあるが。
「もう一回……!」
走り出しながら考える。立ち止まって考える時間はない。
先ほどの一発とは違い、今の魔獣は実にフラットな戦闘態勢。動きを予測するなんてことはできないし、かといって適当に動けば能力差で完封される。
故に私ができることは、動きを予測せず意表を突くこと。股下を通って後ろに回るとか横から攻めるとかはできない。私が常に前に立ち続けなければ、奏が殺されてしまうリスクがある。
魔獣もそんな予測をして正面だけを警戒しているなら私には打つ手がないのだが、そこはまたしても賭けである。魔獣に人並みの知能が搭載されていないことを祈るしかない。
態勢を低くしてスライディングの要領で股下へ。先ほど述べた通り正面以外にいることは許されないので、言うまでもなくこれはブラフ。
魔獣の一歩手前、足先が頭のあたりに来た時点で地面を肘で打つ。無論、肘が壊れない程度に。
すると私は上半身から打ちあがり、魔獣の頭を攻撃できるというわけである。
「ッく……!」
幸いなことに、魔獣に人並みの知能はなかったようだ。まんまと下を向いて私を捕まえようとしたので、その場で急な立ち上がりパンチ。
ここにきて運が向いてきたのか、ちょうど殴った場所は先ほど狙っていた顎。横からだから効果は多少薄いかもしれないけど、それでもこの一撃は効いている、はず。
この後はどうする?もう一度距離を取って仕切り直すか?
いや、あんな綱渡りの賭けをずっと続けていたらどこかで破綻する。ならば私が取る選択肢は一つ、このままの流れでラッシュだ。
ラッシュの選択肢を取ったことにはもう一つ理由がある。なんだか私、この魔獣を素手で殴ってから調子が上がってきているのだ。初めの一発だけなら気のせいの可能性もあったが、2発目でもずれが治った感覚がある。2度も起きるなら偶然ではない。
私もよく分からないこのずれが、魔獣を殴ることで治るなら好都合だ。調子も上がるのだし。10だろうが100だろうが何回でも殴り、ずれを治しきって勝つ。
狙うべきは脚だ。この巨体を支えている重要部。ここを壊せれば私の勝ちは一気に近づく。なりふり構わない適当な殴りと蹴り。興奮しているおかげが、アドレナリンが出ていて痛みを感じない。好都合だ。
そしてここにきて運が回ってきている。足をどれだけ痛めつけようが、魔獣は呻くばかりで一向に行動を起こさない。さっきの一撃が効いているのだ。ここで足さえ壊すことができれば、あるいは。
攻撃を当てるたびに、私の中のずれがどんどん治っていくのを感じる。言葉にできないそれは、治っていく感覚だけで気持ちがいい。
このずれが何者かは本部の人も魔法少女も誰も知らなかった。私に問題がないから一旦繰り上げていたけど、きっとこのずれは私の迷いだった。
意味不明に魔法少女になって、毎日練習しても魔法は使えず、自分の半分ほどしか生きていない魔法少女たちが出動していくのを応援するだけ。
その光景が私の中に、魔法少女である意味という迷いを生んでいた。
でも今は違う。私は戦える。奏を守るために、約束という誓いをもって私はやっと魔法少女になった。先輩たちと同じ、疑うことを知らない純粋な『誰かを助けたい』という想いによって。
「っと……」
とうとう魔獣が見境なく暴れだしたので流石に一度引く。
頭の中がクリアだ。これまでも頭は回っていたけど、それ以上にいろいろなことが考えられる。主に戦闘のことだけだろうという予感はあるが。
魔獣がこちらを見定めている。その目に宿す感情は怒りだ。魔獣にとって格下でしかない獲物の私が反抗しダメージを負わせたことで、魔獣は私を獲物ではなく敵と認識した。
それでいい、と思う。本来ならあの魔獣が本気になれば私など塵と大差ないだろうが、今の私は負ける気がしないのだ。不思議なことに。
「悪いけど、私が勝つよ……。今の私、何が相手でも負ける気がしないから」




