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亡霊の夜  作者: 朝霧


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余談

 日中であるにもかかわらず薄暗い路地裏で、その人物は座り込んでいた。

 真っ黒なローブを身につけた人物だ、フードを目深に被っているせいでその顔は見えない。

 黒いローブの人物は座り込んだまま身動き一つしない。

 休んでいるのか眠っているのか、それとも死んでいるのか。

 薄暗く、不気味な沈黙が満ちるその路地裏に、唐突に軽快な足音が響いた。

「やあ、見つけたぞ」

 若く、生命力に満ちた声が路地裏に響く。

 その声の主は少年だった。

 シルクハットを被り片眼鏡をかけた少年だ、身なりのいい服装をしているので貴族か何かかもしれない。

 片眼鏡の少年は黒いローブの人物を輝く金の瞳で見つめて、子供らしい笑みを浮かべた。

「うむ、僕のお宝センサーは相変わらず絶好調だな!! そこの御仁、あなたがラスコヴニクの魔力隠しの宝剣を所持しているのは僕にはお見通しだ!」

 片眼鏡の少年はよく通る声でそう言った。

 黒いローブの人物は、身動き一つしなかった。

 それでも片眼鏡の少年の声は届いていたようで、動かないまま問いかける。

「……誰よ、あんた」

 若く、甲高い少女のような声色で黒いローブの人物は呟くようにそう言った。

「名乗るほどの者ではない。……僕はその宝剣をあなたに渡した人物の、古い友人だ。ライアーバードと名乗る旅人……君がよく知っているはずのね」

 片眼鏡の少年が口にした名に、黒いローブの人物はぴくりと身じろぎする。

「らいあーばーど……」

「うむ、美しく勇敢で、僕に負けず劣らずの悪党だ」

 何故か誇らしげな顔でそう言った片眼鏡の少年の声が聞こえているのか聞こえていないのか、黒いローブの人物は譫言のようにこう呟いた。

「ことどり……」

「うむ?」

 黒いローブの人物が両手で顔を覆う、片眼鏡の少年の目にはずっとその人物の顔が見えていなかったが、どういう表情をしているのかおおよそ察しがついた。

「ことどり……あたしの、ことどり……あのこは、あたしの……どこ、ねえどこ、どこにいったの、どうしてみつからないの……ことどり、ことどり……なんで、どこにもいないの……」

 その譫言のような言葉を片眼鏡の少年は静かに聞く。

「なんで、なんでみんなあのこをあたしからとりあげるの……なんでにがすのなんでにげるの……ねえなんであんたはすぐにいなくなるのよ……あんたはあたしのことどりなのに」

 迷子の子供のような声色で、今にも泣き出しそうな声で黒いローブの人物はそんな悲嘆を口にする。

「かれがにがすの、あのこをにがしたの。おかあさまがあんなことしたから、あんなのにまきこんじゃだめだからって、あたしはあのこをてばなすきなんてなかったのに。あのこはすぐにどっかにいっちゃうの、ずっとずっとそばにいてほしいのに……おかあさまがころせっていうの、あたしのことどりを、ころせっていうの」

 あああああ、と黒いローブの人物は絶叫をあげた。

「おかあさま、どうして、なんで……それはだめ、それはいやよ、なんでそんなひどいこというの、なんであたしたちにあのこをころせだなんていったの。それはだめよぜったいだめ、だってあのこは、あたしの……そのおねがいはききたくない、やめておかあさまころさないで、どうしてもというのなら、それでもどうしてもっていうのなら、やめてくれないなら……あたしからそのこをとりあげるっていうのなら……しんで、ねえやめてくれないならしんでよおかあさま」

 それを口にした直後、黒いローブの人物は断末魔のような悲鳴をあげた。

「……それはダメ、それはダメそんなこと思っちゃダメ。だってお母様はアタシ達を救ってくれた守ってくれた慈しんでくれた。アタシ達にとってお母様は絶対で一番でお母様のいうことは絶対で、それなのにそれなのにそれなのに、あんな何を考えているのかわからない醜い小娘を、あんな奴のために、お母様を……!!」

 アンタのせいだと黒いローブの人物は怨嗟に満ちた声色で呟いた。

「全部、全部全部ぜんぶ、アンタのせいよ!! アンタのせいでアタシ達はこんなにおかしくなっちゃった……アンタのせいで、アンタのせいでアタシは、アタシ達はお母様を……憎みたくなかった、ずっとずっと大好きでいたかったのに、そうあるべきだったのに、アタシ達はずっと、お母様だけが絶対であるべきだったのに」

 片眼鏡の少年はただ静かに黒いローブの人物が絶望を吐き出すのを見守り続けた。

「どこ、どこどこどこどこどこどこ、どこにいるコトドリ!!!! さっさと出てきなさい!! 今度こそアタシがあんたを……」

 そこから先の言葉を黒いローブの人物は口にしなかった。

 口にできなかったのかもしれない。

 そんなその人に、片眼鏡の少年は不思議なほどよく通る声でこう言った。

「駅前の広場に行きたまえ」

「…………は?」

 その言葉に黒いローブの人物は顔を上げる。

「美しいものが見られる、いや、聞けるぞ。僕はこの後、残念ながら外せない仕事があるせいで行くことができないのだが……君は行きたまえ、全てを見失いし者よ。そこで君はきっと、君にとって最も美しいものを見つけられるはずだ」

 それは希望の塊のような声だった、天からさしこむ日の光のような、誰もが縋りつきたくなるような響きの声だった。

「なに、なにをいって……」

 困惑する黒いローブの人物に片眼鏡の少年はにこりと笑いかける。

「それではさらばだ、古き友の愛する者よ!! 君が君の大切なものを取り戻せることを、こころより願っているよ!!」

 それだけを言い残して、片眼鏡の少年は颯爽と軽い足取りで去っていった。

「……なに、いまの」

 黒いローブの人物はそれを止めることすらできず呆然と見送った。

「なんだっけ、なにをしているんだっけ」

 意識が薄らいでいるようなぼんやりとした声をあげてから、黒いローブの人物は誰かの名を呟いた。

「ころさなきゃ……殺さなければ、わたくしがあの阿婆擦れを、殺さなければ」

 その声に力が戻る、薄らぼんやりとした意識がはっきりとし、黒いローブの人物は自身を取り戻す(再び見失う)

 そうして『正気(狂気)』を取り戻した『魔女(妖精)』はふらりと立ち上がった。

 駅前の広場に行かなければ。

 何故か『魔女』はそう思った、そう思った理由すら思い出せないまま、『魔女』はゆっくりと立ち上がり、足を進めた。


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