最終話 パパの手作り遊園地と未来への約束
光が溢れた。
私は眩しさに目を細め、そして大きく見開いた。
「……うそ」
声が震えた。
地下室と聞いて想像していたのは、薄暗い倉庫か、あるいは実験室のような場所だった。
けれど、目の前に広がっていたのは「夢の国」そのものだった。
まず目に飛び込んできたのは、天井の高さだ。
本来の地下室の天井をぶち抜き、二層分の高さを確保している。
そこに、無数の魔導灯が星空のように配置されていた。
地下なのに、まるで夜空の下にいるようだ。
壁にはパステルカラーの柔らかなクッションが敷き詰められ、森や動物の絵が描かれている。
床はふかふかの芝生のような絨毯。
転んでも絶対に痛くない仕様だ。
そして中央。
そこに鎮座していたのは、巨大な回転木馬だった。
「メリーゴーランド……?」
遊園地にあるような、煌びやかなものではない。
木彫りの温かみがある、手作り感満載の木馬たち。
でも、その造形は驚くほど精巧だ。
馬だけでなく、狼や熊といった辺境の動物たちも混ざっている。
それらが、優しいオルゴールの音色に合わせて、ゆっくりと上下しながら回っていた。
「どうだ」
隣でレオンハルト様が、緊張した声を出した。
「気に入って……くれただろうか」
「気に入るも何も……これ、全部あなたが?」
「ああ。設計から施工まで、俺がやった」
彼は少し胸を張った。
「マルクや職人にも手伝わせたが、主要な魔力回路と木彫りは俺の手作業だ」
手作業。
この巨大な施設を?
あの多忙な公務の合間に?
私はふらふらと中へ歩み入った。
空気が違う。
地下特有の湿っぽさが全くない。
適度な湿度と、春のような暖かさ。
「空調も完備だ。君が王都で作っていた『循環システム』を参考にした」
彼が説明を始める。
「地下水脈の熱を利用して、常に摂氏二十三度を保つようにした。これなら、真冬の吹雪の日でも、アルヴィンは風邪を引かずに遊べるだろう?」
「……レオンハルト様」
「壁のクッション材は、隣国から輸入した最高級の羊毛だ。万が一激突しても怪我はしない。床の絨毯も防ダニ加工済みだ」
彼は早口でまくし立てた。
まるで、頑張った成果を褒めてほしい少年のようだ。
「外は寒いし、魔獣も出る。でも、子供には広い場所で遊ばせてやりたい。……そう思ったんだ」
彼の視線が、回転木馬に向けられる。
その目は、慈愛に満ちていた。
「俺は、子供の頃、遊ぶ場所がなかった。剣を振ることしか許されなかったからな」
ぽつりと、彼がこぼした。
辺境伯家の厳しい教育。
最強の騎士になるために、遊びを捨ててきた過去。
「だから、この子には……思いっきり遊んでほしいんだ」
胸が締め付けられた。
この人は、自分が得られなかった幸せを、全力で子供に与えようとしているのだ。
不器用で、やりすぎで、でも誰よりも深い愛情で。
「……すごいです」
私は回転木馬の柵に手を触れた。
滑らかに磨かれている。
ささくれ一つない。
どれだけ丁寧にやすりをかけたのだろう。
「錬金術の知識がないあなたが、ここまで作るなんて……信じられません」
「必死だったからな。君の残したメモや、ルカが置いていったマニュアルを読み漁ったよ」
彼は照れくさそうに鼻を擦った。
「動力の連結部分で三回ほど爆発させたがな」
「爆発!?」
「安心しろ、君には聞こえないように防音結界を張っていたから」
そういう問題ではない気がするけれど。
でも、あの微振動の正体はこれだったのか。
「乗ってみるか?」
彼が誘ってくれた。
私は頷き、彼の手を借りて木馬の一頭……可愛らしい熊の背中に跨った。
ギィ……という音もなく、滑らかに動き出す。
上下の揺れが心地よい。
視界がゆっくりと回る。
「わぁ……」
童心に帰った気分だ。
天井の魔導灯が流れていく。
オルゴールの音が優しく響く。
レオンハルト様は隣の狼に跨り、私を見守っている。
軍服姿の大男が木彫りの狼に乗っている姿は、少しシュールで、でも最高に格好良かった。
「ありがとう、レオンハルト様」
私は心からの感謝を伝えた。
「最高のプレゼントです。……アルヴィンも、きっと大喜びしますよ」
「そうか。よかった」
彼は安堵の息を吐き、満足げに笑った。
「これで、いつ歩き出しても大丈夫だな」
「ええ。……でも」
私はふと、現実的なことに気がついた。
「あの子、まだ生まれて三日目ですよ?」
「……あ」
レオンハルト様の動きが止まった。
「首も座ってないし、歩けるようになるのは一歳くらいかしら」
「……そうか」
「ここで遊べるようになるまで、あと一年はかかりますね」
「…………そうか」
彼は狼の上で項垂れた。
ガックリ、という効果音が聞こえてきそうだ。
「気合を入れすぎて、時期尚早だったか……」
「ふふっ、あははは!」
私はたまらず吹き出した。
お腹がよじれるほど笑った。
この完璧主義者の夫が、肝心なところを見落としていたなんて。
「笑うな。俺は真剣だったんだ」
「わかっています。わかっていますけど……可愛くて」
私は涙を拭った。
悲劇の涙ではない。
幸せすぎて溢れてくる涙だ。
「いいじゃないですか。一年間、私たちだけで独占しましょうよ」
私は彼に微笑みかけた。
「メンテナンスも必要ですし、私たちが試運転を続けましょう。……秘密のデートスポットとして」
「デート……」
彼の耳が赤くなった。
「悪くない提案だ」
彼は狼から降り、私の乗る熊の横に来た。
そして、自然な動作で私を抱き上げ、床に下ろした。
「一年後には、ここをアルヴィンが走り回っているんだな」
「ええ。きっと、賑やかになりますよ」
私たちは並んで、回る木馬を眺めた。
誰も乗っていない木馬たちが、未来の主人の到着を待っているように見えた。
「エルナ」
レオンハルト様が私の肩を抱いた。
「俺は、君と結婚してよかった」
「私もです」
「これからも、驚かせることがあるかもしれない。……呆れずに付き合ってくれるか?」
「もちろんです。あなたのサプライズなら、いつでも大歓迎ですよ」
彼がキスをねだるように顔を近づけてきた。
私は背伸びをして、その唇に触れた。
地下の遊園地。
二人きりの甘い時間。
オルゴールだけが、優しく時を刻んでいた。
こうして、辺境伯領にまた一つ、伝説が生まれた。
「氷の辺境伯」が愛妻と愛息のために作った、地下の楽園。
でも、これが領民に知れ渡り、「いつ一般公開されるんですか?」と問い合わせが殺到するのは、もう少し先の話。
今はただ、この温かい幸せを噛みしめていたい。
私はエルナ・グラーフ。
錬金術師であり、妻であり、そして母になった。
波乱万丈だった人生は、ここに来て最高に穏やかで、刺激的な日々へと変わった。
「さあ、戻りましょう。アルヴィンが起きる頃です」
「ああ。ミルクの時間だな」
パパの顔に戻った最強の騎士に手を引かれ、私は光溢れる階段を登っていった。
この先もきっと、色々なことがあるだろう。
王都の復興、息子の成長、そして領地の発展。
課題は山積みだ。
けれど、怖くはない。
私の隣には彼がいる。
そして、私には「国家基盤級」の錬金術があるのだから。
「婚約破棄? 結構です」
私は心の中で、もう一度呟いた。
過去の全てに感謝を込めて。
「錬金術師令嬢は、今日も、明日も、明後日も、最高に幸せです!」
第2章 完
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