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【第2章完】婚約破棄?結構です。錬金術師令嬢は今日も幸せです  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第5話 模型庭園と弟子の卒業試験

「第三バルブ、閉鎖確認。バイパス回路への魔力充填率、安定しています」


通信用の水晶玉から、ルカさんの凛とした声が聞こえてくる。

以前のような怯えた響きはない。

自信に満ちた、一人前の技術者の声だ。


「よし。じゃあ、そのまま『共鳴術式』を展開して。リズムは四拍子よ」


私は手元の図面を見ながら指示を出した。


「了解! 全魔導炉、同期開始! ……展開完了!」


水晶玉の向こうで、歓声が上がるのが聞こえた。

王都の現場にいる技師たちの声だ。


「水質浄化エリアの数値、正常値に戻りました! 逆流も止まっています!」


「やったぞ! これで飲み水が確保できる!」


ルカさんの興奮した報告が続く。

私はふぅ、と息を吐いて背もたれに体を預けた。


二週間。

本当に怒涛の日々だった。

朝から晩まで通信機に張り付き、王都の配管一つ一つを遠隔で指示し続けた。

ルカさんは文句一つ言わず、私のスパルタ指導に食らいついてきた。

徹夜で図面を引き直し、泥だらけになって現場を走り回った彼を、私は心から評価していた。


「よくやったわ、ルカさん。及第点よ」


「あ、ありがとうございます! エルナ様のおかげです!」


「まだ終わってないわよ。今の応急処置を恒久的なシステムに書き換える作業が残っているわ」


「は、はいっ! ご指導お願いします!」


通信を切る。

部屋に静寂が戻った。


「……ふふ」


自然と笑みがこぼれる。

人を育てるのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。

彼が成長する姿を見るのは、自分の錬金術が成功した時とはまた違う、温かい喜びがある。


(これが、母性というものかしら)


私は大きくなったお腹を撫でた。

ポコッ、と中から返事がある。

この子も、ルカさんのように素直で頑張り屋に育ってくれるといいな。


「エルナ様、お茶のおかわりはいかがですか?」


侍女長のハンナさんが、ワゴンを押して入ってきた。

今日のおやつは季節のフルーツタルトだ。


「ありがとう、ハンナさん。……ねえ」


私はカップを受け取りながら、天井を見上げた。


ズズズズ……。


低い地響きのような音が、断続的に聞こえてくる。

二週間前よりも、明らかに音が大きく、近くなっていた。


「最近、地下の音が激しくないかしら? まるで巨人が暴れているみたい」


「えっ? そ、そうですか? 私には何も聞こえませんが……」


ハンナさんは視線を泳がせ、不自然なほど明るい声で答えた。


「きっと、春風が煙突を鳴らしているんですよ。ほら、この辺りは風が強いですから!」


「煙突の音にしては、重低音すぎると思うのだけど」


「あはは! エルナ様は耳が良すぎます! さあさあ、タルトが乾いてしまいますよ!」


彼女は強引に話題を変えようとしている。

しかも、口元が緩んでいる。

隠し事をしている時の顔だ。

でも、不思議と嫌な感じはしない。

何か悪いことを企んでいるというより、サプライズパーティーの準備をしている子供のような、ワクワクした雰囲気なのだ。


(レオンハルト様も、最近はずっと目の下にクマを作っているし)


「隣国との交渉」という言い訳は、もう無理がある。

きっと、何か私のために準備してくれているのだろう。

それが何なのかは分からないけれど、彼らの愛を感じて、私は追求するのをやめた。


「そうね。……美味しいタルトだわ」


一口食べると、甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がった。

地下の音も、なんだか心地よいBGMのように思えてくる。


***


翌日。

私はルカさんを工房に呼び出した。


「エルナ様! 本日はどのような講義でしょうか!」


ルカさんは元気よく敬礼した。

顔つきが精悍になり、制服の着こなしも様になっている。

自信がつくと、人はここまで変わるものらしい。


「今日は講義じゃないわ。……卒業試験よ」


「えっ? そ、卒業……ですか?」


「そう。王都の緊急対応は終わったわ。あとはあなたが現地で指揮を執ればいい。私がいちいち指示を出さなくても、今のあなたならできるはずよ」


私は工房の中央にあるテーブルを指差した。

そこには、巨大なガラスケースが置かれている。


「見て」


ルカさんが近づき、目を丸くした。


「こ、これは……王都の模型?」


ガラスケースの中には、精巧に作られた王都のミニチュアがあった。

建物や通りだけでなく、透明な樹脂で作られた地下水路まで再現されている。

そしてその水路には、青い液体が循環していた。


「私が作った『王都水理模型』よ。実際の王都の縮尺千分の一。流体シミュレーション用の魔導具ね」


私は模型の横にある操作盤に手を置いた。


「今から、この模型にトラブルを起こすわ。一部の配管を詰まらせたり、魔力供給を断ったりする。あなたは手元の制御端末を使って、システムを崩壊させずにリカバリーしなさい」


「ええっ!? じ、実技試験ですか!?」


「そうよ。制限時間は十分。水路の水が赤く変色したら、汚染拡大でゲームオーバー。……不合格なら、もう一ヶ月ここで修業してもらうわ」


私はニッコリと笑った。

ルカさんはゴクリと唾を飲み込み、制御端末の前に立った。

緊張しているが、その目は逃げていない。


「やります。……必ず合格してみせます!」


「いい目ね。……スタート!」


私がスイッチを入れる。

模型の中で、青い水流が乱れ始めた。

第三区画のバルブが赤く点滅し、水が逆流しようとする。


「第三区画、異常検知! バイパス弁、開放!」


ルカさんの指が端末の上を走る。

迷いがない。

彼は私の指示を待たず、自らの判断で最適解を打ち込んでいく。


「第五区画、魔力低下! 予備回路から充填! ……くそっ、連鎖反応か!」


次々と発生するトラブル。

私は容赦なく難易度を上げた。

普通ならパニックになる状況だ。

けれど、彼は冷静だった。


「音響センサーの数値を優先! 振動数補正、プラス3!」


彼は私が教えた「音による制御」を完璧に使いこなしている。

赤い警告灯が一つ、また一つと消えていく。

乱れていた水流が、再び滑らかな青色に戻っていく。


「……鎮圧完了。システム、オールグリーン」


制限時間、残り十秒。

模型の中の水は、美しく澄んだ青色のまま循環を続けていた。


「ふぅ……」


ルカさんがその場にへたり込んだ。

額にはびっしりと汗が浮かんでいる。


私は拍手をした。


「お見事。合格よ、ルカさん」


「ご、合格……」


「ええ。今の判断速度なら、実際の王都でも十分に対応できるわ。……あなたはもう、私の手足じゃない。立派な頭脳よ」


私が告げると、ルカさんは立ち上がり、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます! 全て、エルナ様のご指導のおかげです!」


彼は顔を上げ、涙ぐんだ目で私を見た。


「ここに来てよかった。……錬金術が、こんなに人を幸せにできる技術だって、初めて知りました」


「そう思えるなら、あなたは大丈夫」


私は彼に近づき、一冊のノートを渡した。

この二週間で私が書き溜めた、王都復興のための技術マニュアルだ。


「これを持って帰りなさい。私のレシピ……いいえ、未来への設計図よ」


ルカさんは震える手でノートを受け取り、胸に抱きしめた。

それはまるで、聖書か何かを受け取る信徒のような姿だった。


「一生の宝にします! ……あ、あの、エルナ様」


「なあに?」


「もし、また困ったことがあったら、通信してもいいでしょうか?」


「もちろんよ。アフターサービスも万全なんだから」


私たちは顔を見合わせて笑った。

そこに、師弟の確かな絆があった。


扉の近くで見ていたマルクさんが、パチパチと拍手をしてくれた。


「感動的ですねぇ。……でも、そろそろお時間ですよ、ルカ君」


「あ、はい。出発の準備をしなきゃ」


ルカさんが我に返る。

王都への帰還は明日の朝だ。

彼にはこれから、長い旅と、さらに長い復興作業が待っている。


「では、私は失礼します。荷物をまとめてきます」


ルカさんは最後にもう一度、最敬礼をして部屋を出て行った。

その背中は、来た時よりも一回り大きく見えた。


「いいお弟子さんを持ちましたね、エルナ様」


マルクさんが微笑む。


「ええ。……彼なら、きっと王都を蘇らせてくれるわ」


私は模型の青い水を眺めながら呟いた。

かつて私が一人で背負っていた重荷を、彼らが分かち合ってくれる。

もう私は、一人ではないのだ。


ドォォォォン……。


その時、今までで一番大きな振動が床下から響いた。

模型の水面が激しく波打つ。


「きゃっ!」


私は思わずテーブルに手をついた。

マルクさんが素早く私を支える。


「だ、大丈夫ですか!?」


「ええ、驚いただけ。……でも、今の揺れは凄かったわね」


まるで、何か巨大なものが完成して、産声を上げたような音だった。


マルクさんは天井を見上げ、引きつった笑みを浮かべた。


「あはは……閣下、ついにやっちゃいましたね……」


「え?」


「い、いえ! なんでもないです! さあエルナ様、お部屋に戻って休みましょう! 明日はルカ君の見送りで早起きしなきゃいけませんから!」


マルクさんは強引に私を部屋へと誘導した。

その顔には「間に合った」という安堵の色と、「これからが大変だ」という焦りが混在していた。


私は膨らんだお腹を撫でる。

地下の音に反応したのか、赤ちゃんが元気に蹴りを入れてきた。


何かが始まる。

そんな予感が、私の胸を高鳴らせていた。

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