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【第2章完】婚約破棄?結構です。錬金術師令嬢は今日も幸せです  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第4話 ポンコツ図面とスパルタ遠隔授業

嵐が去った後の静寂。

応接室には、気まずい空気が漂っていた。


「……お騒がせしました」


私は咳払いをして、ソファに座り直した。

マルクさんが扉の鍵を閉める音が、カチャリと響く。

二重ロックだ。

もう簡単には侵入できないだろう。


「いえ! とんでもないです!」


ルカさんは眼鏡のズレを直しながら、ブンブンと首を振った。


「辺境伯様の愛の深さに感動しました! あんなに殺気立った『愛してる』は初めて見ました!」


「愛というか、ただの親バカ予備軍よ」


私は苦笑した。

でも、胸の奥は温かい。

あんな風に泥だらけになってまで、私を守ろうとしてくれたのだから。


「さて、気を取り直しましょう」


私は表情を引き締めた。

テーブルの上には、王都の命運を握る図面が広げられている。


「ルカさん。現状の被害状況を、数字で教えてちょうだい」


「は、はい!」


ルカさんは背筋を伸ばし、手帳を開いた。

先ほどまでの怯えた様子は消え、技術者の顔に戻る。


「現在、第三区画から第五区画の下水が逆流中。汚染範囲は貴族街の南側30%に達しています。魔導浄化槽の稼働率は15%以下。……あと三日もすれば、王宮の地下貯水槽に汚水が混入します」


「三日……」


予想以上に深刻だ。

貯水槽が汚染されれば、飲み水がなくなる。

疫病が爆発的に広がるのは時間の問題だ。


「それで、これが協会が作成した改修案ですね?」


私は図面を指先でなぞった。

複雑な魔力回路が描かれている。

一見すると、正しそうに見える。

教科書通りだ。


けれど。


「……ダメね」


私は溜息をついた。


「えっ?」


ルカさんがポカンと口を開けた。


「ここのバイパス術式、誰が書いたの? 魔力の流れが逆よ」


「逆……ですか? でも、教本には『圧力の高い方から低い方へ流す』と……」


「それは物理的な水圧の話でしょう?」


私はペンを取り出し、図面に直接書き込んだ。

赤いインクが走る。


「私のシステムは『音』と『振動』を魔力に変換しているの。水圧が高い場所は、それだけ振動エネルギーも強い。そこに安易に魔力を流し込んだら、どうなると思う?」


「あっ……」


ルカさんの顔色が変わった。


「か、過負荷で……回路がショートする?」


「正解。ショートするだけならまだマシよ。最悪の場合、魔導炉が共振して爆発するわ」


私は図面の中心にある魔導炉に、大きくバツ印をつけた。


「この改修案を実行していたら、王都の半分がクレーターになっていたわね」


シン、と部屋が静まり返る。

マルクさんが「マジかよ……」と青ざめて後ずさった。


ルカさんはガタガタと震え出した。

自分たちが進めようとしていた計画が、実は自爆スイッチだったと知ったのだ。


「ぼ、僕たちは……なんてことを……」


「知識不足は罪じゃないわ。でも、検証不足は罪よ」


私は厳しく言った。

人の命がかかっているのだ。

甘い顔はできない。


「じゃ、じゃあどうすれば……! 僕たちには、エルナ様の術式を解析する能力なんて……!」


ルカさんが頭を抱えた。

絶望の色が濃い。

彼一人で背負うには、荷が重すぎる問題だ。


私はペンを置き、彼を真っ直ぐに見つめた。


「だから、私がいるのでしょう?」


「え?」


「私がここから指示を出すわ。一から十まで、全ての工程を私が設計する」


私は自分のお腹を優しく撫でた。


「残念ながら、今の私は王都へ行けないわ。この子が一番大事だから」


「は、はい。もちろんです」


「だから、ルカさん」


私はニッコリと笑った。

努めて、優雅に。

でも、目だけは笑わないようにして。


「あなたが私の『手足』になりなさい」


「て、手足……?」


「そう。私の脳内にある設計図を、あなたが現地で実行するの。私の指示通りに術式を書き換え、バルブを回し、魔石を配置する。……できるわね?」


ルカさんはゴクリと喉を鳴らした。

それは、彼にとって過酷な日々の始まりを意味していた。

天才の思考速度に合わせて、現場作業をこなす。

並大抵の努力では追いつけないだろう。


「や、やります!」


彼は立ち上がり、拳を握りしめた。


「やらせてください! 僕の手足で王都が救えるなら、何本でも捧げます!」


「いい返事ね。じゃあ、さっそく授業を始めましょうか」


私はマルクさんに合図した。

彼は心得たように、別の部屋から通信用の魔導具セットを持ってきた。

水晶玉と、数種類の魔石が埋め込まれた台座だ。


「王都とのホットラインを繋ぐわ。現地の技師たちにも伝えてちょうだい。『これから地獄の講義を始めるから、居眠りしたらチョークを投げるわよ』って」


「は、はいっ!」


ルカさんが通信機に向かって叫び始めた。

王都側の技師たちが慌てふためく様子が目に浮かぶ。


私は新しい紙を広げた。

頭の中には、すでに最適解が浮かんでいる。


老朽化した配管を活かしつつ、最小限の魔力で循環を回復させる方法。

音響共鳴を利用した、新しい制御術式。


ペンが走る。

私の手は止まらない。


「ルカさん、見ていて。ここの術式構成は、三拍子のリズムで組むの」


「さ、三拍子!? ワルツですか!?」


「そうよ。水の流れは音楽と同じ。心地よいリズムを作れば、勝手に流れていくの」


「な、なるほど……! 天才の発想だ……!」


ルカさんが必死にメモを取る。

その目はキラキラと輝いていた。

未知の技術に触れる喜び。

それを共有できる相手がいることが、私にとっても嬉しかった。


(ああ、楽しい)


久々の感覚だ。

現場の空気を、遠く離れたこの部屋でも感じる。


「ねえ、マルクさん。おやつのおかわり、もらえるかしら?」


私は手を動かしながら言った。


「今日は長くなりそうよ」


「……ほどほどにしてくださいよ。閣下がまたツルハシを持ってきますから」


マルクさんは呆れつつも、温かい紅茶を注いでくれた。


外はもう夕暮れだ。

けれど、私の仕事はこれからが本番だった。


王都復興作戦。

指揮官は、妊婦の錬金術師。

実行部隊は、頼りないけれど熱意だけはある若手技師たち。


「さあ、王都を救ってあげましょう」


私は悪戯っぽく微笑んで、次の図面を描き始めた。

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