碧眼クラスメイトに想いを叫んだ
よく本を読む子供だった向かいの家の子。
近所にあった図書館に頻繁に通っているのを目にすることが多く、絵本から児童書、小学生の頃には私には気難しい本をいくつも読んでいた子。
のめり込むように没頭する彼をみて、かまって欲しくて私はいつも彼に絡んでいた。手元の紙の束ばかりを優先して、子供ながらに嫉妬していたのだ。
歳の近い子はその子だけで。
この頃は只の、でも稀有で大事な遊び相手だった。
小学校の中頃だったと思う。
その頃にはもう、私は孤立していた。
小さな私は、ひどく感情の管理が出来ない奴だった。些細な事で癇癪を起こす面倒な子供で、男女かまわず自分の意見を押し付けていた。
私の容姿も孤絶を後押ししていた。
強い緑の入った私の目。
西欧の人だったという、今はもういないお婆ちゃんと同じ瞳。
顔立ちや髪色は、他のみんなと差して変わらなかったのに。
奇妙な目をしたヒステリックな女は、彼ら彼女らにとっての敵になり得た。
あぁ、そうだ。
周りの子供、周りの大人も全員が敵だった。
私を害する敵に見えた。
彼以外は。
私が負けてしまったとき、よく彼のところに逃げ込んでいた。ヒーローみたいに、王子様みたいに私を庇って助けはしなかったけど、みんなに避けられていた私を受け入れてくれたのだ。
言い合いとか、ケンカとかに負けて、惨めに泣いていたとき、何も言わずに頭を撫でてくれた。小さな手で、ひどく不器用に。
それだけのことが私を満たした。
自分勝手にふるまってばかりの私に並んで一緒に本を読んでくれた。ちょっかいばかりかけていた私を嫌わないでくれた。
自分のことしか考えられなかった私が、生まれて初めてこの関係を切らしてはいけないと思えたのだ。
戦ってばかりだった私の安らげる場所。
私の友達。
初めて、こんなに大切にしたいと思える人に出会ったのだ。
中学生、高校生と大人に近付いていく。
私はこの何年かで、随分と成長したものだと自分でも思う。祖母の血のおかげか、女性としては大柄に育った体。そして、ままならなかった感情を制御しようと努め始めて、そこから世界が変わっていった。
相手の気持ちを慮ってやり、適切な時に私を良く魅せる。相手にとって知っていて欲しい情報だけを持っているように演じる。人を頼り、適度に弱みを見せる。
そうやって、今の私には仲良く話せる多くの"友人モドキ"がたくさん出来た。
絶対に敵にならない"親友紛い"も何人か作れた。
以前と比べれば遥かに多くの居場所が私にはあった。
"居場所"を守る居場所をたくさん作ったのだ。
あぁ、そうだ。
どれだけ環境が変わろうとも私の立つ場所は変わらない。
私の世界の中心はいつまでも彼だ。
友愛を経て、親愛を経て、想いは大きく膨らんでいた。
少し、彼との話をしようか。
彼は変わらずよく本を読む。
図書室の数ある棚の奥にある誰も読んだことの無さそうな本から、『謎解き100選‼︎』のような本まで開く、本であれば何でも良いといった乱読家になっていた。
書を読み、尚且つ利発だった彼は、人にものを教えるのが上手かった。分からない、に根気強く付き合ってくれる彼を、私も頼る事が多かった。
文理関わらず躓いた問いを、隣で一緒に解決してもらう。私の考えに親身に寄り添ってくれるこの時間は、代え難いものだった。
一方、聡明であるにも関わらず、彼にはぬけた所が多かった。予定も物もよく忘れる。
友人が多くはなかった彼は、必然的に私に頼る事が多くあった。
彼の面倒を見ている間は母親、とまでは言わないが姉にでもなっているようで、何だか気分が良く温かい気持ちが湧く。仕方ないなと、いつも満更でもない私がいた。
こんな関係性だった私達は、半ばカップルのような扱いを周囲から受けていた。
どちらかが告白してしまえ。
周囲から見てもお似合いらしい。
彼と過ごす時間、ついでに順風満帆な学校生活。
私の生活は輝いていた。
煩わしいものを一つ一つ無くしていって、空いた隙間に二人の思い出を詰めていく。
それでも、許せない事があった。
耐え難い現実が有ったのだ。
愚かな私は、出遅れていた。
きたない汚れが、唯一の、いや、二つの穢れ。
彼を蝕む腐った毒。
私が、彼を助けなければ。
彼の清い体には醜い鎖が付いている。
所以なくくくり付いた、"家族"という名の長い長い鎖が。
彼を愛してなんかいないのに、母親を名乗る意地汚いあの女が、私は嫌いだ。
自分の息子のことであるのに、母親を放っている父親失格のあの男が嫌いだ。
彼に悪意を向けてきた奴らを、一人残らず潰してきた、私だから言える。
あの二人は、真性のクズだ。
自分の事しか考えられない悍ましい異常者達だ。
自分達の行為で産み出した尊ぶべき命に、愛をカケラも向けない化け物だ。
私が連れ出す。
私が守る。
私の彼を、居場所を、守り抜くと決めたのだから。
「っ、近づかないでくれ!!!」
放課後。
二人きり。
堪え性のない私は、想いをこぼしてしまった。
これ以上気持ちを我慢できなくて。
告白なんて初めてだった。
「…僕は、ダメだ、ダメなやつなんだ!」
夕陽の差す教室。
私の理想とは違ったけど、シチュエーションとしてはまぁまぁだろうか。
無計画に決行したのを反省する。
「ごめん、……ごめんなさい」
彼は両の手で自分の顔を掴み、俯く。
堪えるように自分を隠していた。
「僕はっ、クズなんだよ」
血を吐くような叫びが聞こえた。
「父さんから母さんから、必要じゃない、っクズだ!!!」
ふらふらと、一歩ずつ後退り、私から離れていく。
「クズの僕は、君を利用した」
「誰かの特別になりたかった」
「誰かに特別にされたかったぁ!!!」
駄々をこねるような懺悔だった。
「はぐれていた君を見つけて、自分のために使った!」
「クズなんだよ……」
無償で理由のない愛を求めていた。
「幼い君を汚した」
「僕だけは、ダメだ」
「ズルズルとしがみついて、隠して!」
「ひとりで、にげつづけるのがっ、こわかった!!」
耐えきれないほど弱く見えた。
弱りきった子供だった。
ろくな愛を与えられずに育った虚弱児童。
痩せ細った心に自ら傷をつけ続けて、それは今にも壊れそうだった。
一歩ずつ足を動かす。
動かすたびに、彼は壁に近づく。
元々小さな体の彼が今は更に小さく見えて、距離以上に遠く感じた。
だから気付けば、目と鼻の先に彼がいて
「顔を見せて」
ゆっくりと傷を付けないように手を伸ばす。
それは拒まれ、腕を掴まれた。
加えられる力はとても弱く。
それはこんな時まで人を傷つけられない、彼の気性を雄弁に語っていた。
そのまま両手を頬に添え、顔を包み込む。
「かわいい人」
「空っぽで乾いている」
彼の弱さは、心の弱さは、全て優しさが転じたものだ。
臆病も、薄弱も、全て優しさから。
世界を呪わず自分を縛った。
「私が注ぐよ」
「めいっぱいに」
なんて可哀想で
こんなにも
「きっと貴方が、私の弱さ」
かわいいのだろう。
「私達は、一つだったんだよ!」
もうずっと涙を流していた彼と、額をくっつける。
「私が貴方の強さになる」
自分の在り方を見つけた気がした。
気の遠くなるような時間を経て目的の地に辿り着いた、そんな達成感。
私はかつての誓いを呟いた。
「きっと貴方を救ってみせる」
誓い続ける事こそが、私にとっての誓いだった。
そうして私達はくっついた。
二つが一つに。
不可逆に癒着したのだ。
それを例えるなら、命と心臓のように、切れれば終わりの関係。
それでも私は、これを愛と呼ぼう。
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