第九話:知性派ライバルは好みではありませんわ
「まあ、気絶してしまいましたわ。なんと脆弱なヒロインでしょう」
わたくしは、腕を組み、地面に伸びてしまったエリアーナを見下ろして、深くため息をつきました。わたくしの特製プロテインを目にしただけで意識を失うなど、先が思いやられます。これでは、一日10キロスの走り込みなど、夢のまた夢ですわね。
「イザベラ!君は、一体何を…!彼女が、可哀想だとは思わないのか!」
ようやく再起動したエドワード殿下が、わたくしを非難するように言います。しかし、その声には先程の勢いはなく、どこか困惑の色が滲んでおりました。ええ、そうですわ。わたくしの深遠な「ヒロイン育成計画」の一端に触れ、その高尚さに戸惑っておられるのでしょう。
わたくしが、殿下にその計画の素晴らしさを説いて差し上げようとした、その時でした。
凛とした、しかし、どこか人を小馬鹿にしたような、冷たい声が、その場に響き渡りました。
「――全く、野蛮、という言葉ですら生ぬるいな。ここは王立天媒院。知性と理性を学ぶべき聖域だ。猛獣の調教場ではない」
声のした方へ目を向けると、そこに立っていたのは、一人の男子生徒でした。
銀縁の眼鏡の奥で、怜悧な瞳がこちらを射抜いております。その立ち姿は、まるで隙がなく、寸分の狂いもなく計算され尽くしているかのよう。制服には、1セン チスの皺すら見当たりません。
武門の名家でありながら、知略と戦術を重んじることで知られる、シュタイン侯爵家の嫡男、エーベルハルト・フォン・シュタイン。彼もまた、今年の首席候補と噂される一人ですわね。
エーベルハルトは、わたくしを一瞥すると、侮蔑を隠そうともせずに、言いました。
「イザベラ嬢。あなたのお家の『筋肉こそ全て』という、その原始的な思想は、聞き及んでいたが、まさか、これほどとはな。力なき者に、ただ力を押し付けるのは、ただの暴力。愚者の所業だ」
ほう?わたくしの神聖なトレーニングを、愚者の所業、ですって?
「なんですの、あなた。わたくしの教育方針に、何かご意見でも?」
「意見?いいや、断罪だ。君のやり方は、非効率的かつ、戦略的価値が皆無。ただ無駄にエネルギーを消費しているだけに過ぎない。例えば、あの娘を強くしたいのであれば、まずは彼女の魔力特性を分析し、最適な魔法体系を指導し、最小の動きで最大の効果を得る戦術を叩き込むべきだ。君のやっていることは、ただのしごきに過ぎない」
エーベルハルトは、まるで講義でもするように、ぺらぺらと理屈を並べ立てます。
わたくしは、そのあまりに回りくどい言いように、思わず、本日二度目のため息をついてしまいました。
「…あなたのお話は、長くて退屈ですわね」
「なっ…!」
「戦略?分析?結構ですわ。そのような小細工は、圧倒的なパワーの前には、1グラム アの価値もございませんのよ。10サイクかけて練り上げた計画も、最初の1ティックで相手を戦闘不能にしてしまえば、全て無意味ですわ」
わたくしがそう言い放つと、エーベルハルトの整った顔が、屈辱に赤く染まりました。
「…脳みそまで筋肉とは、このことか。君に、戦略の妙が理解できるはずもない」
「あら、口先だけの男に、力の尊さが理解できないのと同じことですわね」
一触即発。わたくしとエーベルハルトの間で、火花が散っております。
エドワード殿下も、意識を取り戻したエリアーナも、わたくしたちのあまりに高レベルな(?)口論を、ただ呆然と見つめるばかり。
よろしい。ならば、証明してさしあげましょう。
「ふん。言葉遊びは、もう結構ですわ。あなたのその、埃をかぶったような『戦略』とやらが、どれほどのものか、このわたくしが、直々に検分してさしあげます」
わたくしは、エーベルハルトを、その細い顎先で、くい、と指し示しました。
「あなた、わたくしと決闘なさいな。明日、正午。第一訓練場にて。あなたのその、素晴らしく回りくどい『戦略』が、わたくしの『暴力』に、一撃でも耐えられるものかどうか、試してみましょう?」
「…望むところだ」
エーベルハルトは、眼鏡の位置を、くい、と直しながら、冷たく言い放ちました。
「君に、本当の『戦い』というものを教えてやろう。筋肉だけでは決して辿り着けない、知性の高みというものをね」
よろしい。その挑戦、受けて立ちましたわ。
どうやら、明日は、退屈せずに済みそうですわね。
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