第十話:帰還命令(ネクストクエストフラグ)
わたくしの「筋肉式治癒促進法」は、まさに奇跡と呼ぶにふさわしい成果を上げておりました。
リリアの腕の傷は、常識では考えられない速度で回復。今や、彼女は自らの体重の三倍はあろうかという氷の塊を持ち上げ、中庭を闊歩するまでに至っております。
その、あまりに非現実的な光景を、セレスティーナ様は、もはや何の感情も浮かべぬ、美しい能面のような顔で見守っておいででした。ええ、ええ。あまりの感動に、感情の処理が追いついていないのでしょう。分かりますとも。
ですが、わたくしたちの、その、あまりに平穏で、充実したトレーニングの日々は、一本の矢によって、唐突に終わりを告げられました。
王都から放たれた、緊急伝令の矢文ですわ。
わたくしが、その矢文を手に取り、封を切ると、そこには、兄ヴォルフ様の、これまでに見たこともないほど、乱れた筆跡で、こう綴られておりました。
『イザベラへ
今すぐ戻れ。
お前が御前試合でライネスティア家の鼻を明かした件、奴らが執拗な政治工作で蒸し返している。父上のご心労も、限界だ。
一体、お前はどこで、何をしている! お前の起こした騒動だ、責任を取れ!
一刻も早く、王都へ帰還せよ!』
その、あまりに切迫した文面。
一読したわたくしは、しかし、天啓を得たかのように、顔を上げました。その瞳には、新たな使命に燃える、灼熱の光が宿っておりました。
(まあ…!)
わたくしの、完璧な脳筋思考が、この、兄様の悲痛な叫びの、真の意味を、瞬時に、正確に、解読いたします。
(これは、王都で、新たなメインクエストが発生したという、緊急招集ですわね!)
そうですわ、間違いありません。
「ライネスティア家の陰謀」「父上のご心労」「責任を取れ」。これらは全て、「お前の力が必要だ、イザベラ!」という言葉の、貴族的な、回りくどい言い方に過ぎませんのよ!
「兄様も、このわたくしの、完璧に鍛え上げられた筋肉がなければ、この難局は乗り越えられないと、そう、おっしゃっているのですわ!」
わたくしは、感動に打ち震えながら、セレスティーナ様とリリアに向き直りました。
「お聞きなさい、二人とも!どうやら、次のステージが、わたくしを呼んでいるようですわ!」
わたくしは、白氷城での日々を、感慨深く、振り返ります。
ええ、ええ。暴走するラスボス(セレスティーナ様)を鎮め、バグった重要人物を育成する。この、白氷城での特別監視クエストは、これにて、完了といたしましょう。
「さあ、決まりですわね! これより、わたくしは、王都へ向かいます!」
わたくしの、その、あまりに、力強い決意表明に。
セレスティーナ様は、ただ、その月白色の瞳を、わずかに、見開くだけでございました。
ようやく、この、筋肉の嵐が去る。その、安堵と、そして、王都で、これから、どれほどの混沌が巻き起こるのかという、新たな心労とで、その美しいお顔が、複雑に彩られていることなど。
もちろん、わたくしが、知る由もございませんでした。
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