第八話:バグらない判断
わたくしは、その、あまりに完璧な、一連の攻防に、ただ感嘆の息を漏らしました。
セレスティーナ様が、ハッと我に返り、リリアの元へと駆け寄ります。その所作に、貴族としての誇りがなせる冷静さはあれど、瞳の奥には隠しきれない動揺と、リリアを案じる深い色が浮かんでおりました。彼女は自らのドレスの裾を躊躇なく引き裂くと、それで、リリアの腕の傷口を、強く、しかし、どこまでも丁寧な手つきで縛り上げ始めます。
わたくしは、まず、床に伸びている刺客の急所を、つま先で軽く突いて、完全に意識がないことを確認いたしました。ええ、後処理も、クエストクリアの重要な一部ですわ。
そして、改めて、リリアへと視線を向けました。
腕から血を流しながらも、彼女は、ただ、静かに立っている。痛みを感じていないのか、あるいは、感じていても、それを表に出すという発想すらないのか。その人形のような瞳は、ただ、主であるセレスティーナ様が、ご無事であることだけを確認しているようでした。
(素晴らしい…!)
わたくしの魂が、打ち震えておりました。
あれは、ただの自己犠牲などでは断じてない。
普通の人間であれば、あの奇襲を前に、恐怖という、最悪の感情によって、体が硬直するか、無意味な悲鳴を上げるだけで終わっていたでしょう。ですが、彼女は違った。
(一切の、バグがありませんでしたわ…!)
思考に、一切の無駄がない。行動に、一切の躊躇がない。
最小の損害で、最大の戦果を上げる。自らの腕一本を犠牲にすることで、主君の命と、敵の無力化という、二つの目的を、同時に達成してみせた。
なんと、完璧な戦術理論。
(ほう…ただのメイドではございませんわね。これは…戦士の目。恐怖を知らぬ、完璧な戦士の素質…!)
わたくしは、内心で、彼女を、正式に、わたくしのパーティーメンバーとして、認めました。
ええ、ええ。この逸材、このわたくしが、預かるにふさわしい。
「ご安心なさい、セレスティーナ様」
わたくしは、立ち上がると、白氷城の女王に、絶対的な自信に満ちた笑みを、向けて差し上げたのです。
「この程度の傷、わたくしにかかれば、むしろ、好機ですわよ」
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次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
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