第六話:最初の襲撃(ランダムエンカウント)
わたくしが考案した「感情筋トレ」を導入してから、数日が経ちました。
リリアの肉体は、日に日に、その輝きを増しております。以前の、ただ痩せているだけだった体つきは影を潜め、今や、その全身にしなやかな筋肉の筋が見て取れるほど。素晴らしい成果ですわ!
その日のトレーニングは、夜に行われました。なぜなら、「恐怖という感情を克服するためには、闇に慣れるのが一番ですわ!」という、わたくしの完璧な理論に基づいているからです。
月明かりすらない白氷城の中庭で、わたくしとリリアは、互いに気配を探り合いながら、実戦形式の組手を行っておりました。
「まだまだですわ、リリア! 相手の殺気、いえ、やる気を、筋肉で感じ取るのです! 視覚に頼っていては、一流の戦士にはなれませんことよ!」
わたくしが檄を飛ばすと、闇の中から、リリアが音もなくわたくしの背後を取ってきます。ほう、やりますわね。彼女のその、常軌を逸した合理性は、戦闘において、最高の武器となりつつあります。
わたくしたちが、そんな、充実した夜間トレーニングに励んでおりますと、ふと、全く別の場所から、ピリリ、と肌を刺すような、鋭い気配が放たれたのです。
それは、リリアが放つ、純粋な闘気とは違う。もっと、陰湿で、粘つくような、不快な気配。
(…ほう?)
わたくしの口元に、獰猛な笑みが浮かびました。
この感覚、覚えがありますわ。学園の演習で、隠しボスのグリフォンと対峙した時の、あの、胸が高鳴る感覚に、よく似ている。
「来ましたわね…!」
わたくしは、リリアとの組手を中断すると、その、邪悪な気配がする方角――セレスティーナ様の私室がある、城の翼棟を、じっと見据えました。
「まさか、このタイミングで、追加イベントが発生するとは…! このゲーム、本当に、飽きさせませんわね!」
そうですわ、これこそが、メインクエストクリア後に発生する、お約束の展開!
平和な日々に、突如として現れる、物語の黒幕が差し向けた、最初の刺客! いわゆる、「残党狩り」という名の、ボーナスステージですわ!
「リリア! ついてきなさい! 緊急クエスト発生ですわよ!」
わたくしは、闇を切り裂くように、その気配の元凶へと駆け出しました。
セレスティーナ様の私室の扉を、わたくしは、ノックなどという、まどろっこしい手順は踏まず、その、分厚い木製の扉を、蝶番ごと、蹴り破りました。
「ごきげんようですわ、セレスティーナ様! お客様のようですわよ!」
わたくしが部屋に飛び込んだ瞬間、目に映ったのは、緊迫した光景でした。
黒装束の男が、抜き身の短剣を手に、セレスティーナ様へと飛びかからんとしている。
ですが、当のセレスティーナ様は、ただ怯えてはいませんでしたわ。
彼女の周囲の空気が、絶対零度にまで冷え込み、床や壁には、美しい霜の結晶が走り始めている。その白い指先には、青白い魔力の光が集束し、無数の氷の礫が形成されつつありました。ヴァイスハルト家が得意とする、凍晶‐シアン系統の魔法 。わたくしと決闘した時以上の、凄まじい魔力でした。
(ほう、流石、ライバル令嬢。ですが、詠唱が遅すぎますわ!)
わたくしは、彼女が魔法を放つよりも速く、行動を起こしました。
「あなたは、『二つ頭の蛇』とかいう、悪の組織から遣わされた、最初のイベントモンスターですわね?」
わたくしは、セレスティーナ様を庇うように、刺客の前に、仁王立ちになりました。
「なっ…!?」
刺客の男が、わたくしの、あまりに唐突な登場に、驚愕の声を上げる。
ふふん。どうやら、最高のタイミングで、駆けつけられたようですわね。
「よろしいでしょう。この、イザベラ・フォン・ツェルバルクが、あなたの経験値を、ありがたく、頂戴してさしあげますわ!」
わたくしは、指の骨をポキポキと鳴らしながら、完璧な戦闘態勢を取るのでした。
さあ、始めましょうか。白氷城での、最初の、ランダムエンカウントを!
ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。
次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)
 




