第三話:心が足りないのは、筋肉が足りないからですわ!
「…イベント、フラグ…?」
わたくしの、あまりに専門的な用語に、セレスティーナ様は、ただ、困惑した表情を浮かべておりました。ええ、ええ、無理もありませんわ。あなた様のような、正統派のプレイヤーには、わたくしのような、効率を極めたゲーマーの思考は、すぐには理解できぬものでしょう。
ですが、ご安心なさい。このわたくしが、全てを、解説して差し上げますわ。
わたくしは、腕を組み、まるで、講義でも始めるかのように、セレスティーナ様の前を、ゆっくりと歩き始めました。
「良いですか、セレスティーナ様。まず、現状を、正確に分析する必要がございます。あのメイド――リリアは、先の戦いで、魂に、深刻なダメージを負った。その結果、『感情』という、キャラクターの根幹をなすステータスが、ゼロになっている。これが、現状ですわね?」
「え、ええ…まあ…」
セレスティーナ様は、戸惑いながらも、頷きます。
わたくしは、続けました。その声には、絶対的な、確信が、込められておりました。
「では、お尋ねしますわ。そもそも、『感情』とは、一体、何ですの?」
「…それは…魂の、働き…心の、動き…」
「甘いですわ!」
わたくしは、きっぱりと、言い放ちました。
「感情とは、すなわち、筋肉の、収縮運動に他なりません!」
「…………は?」
セレスティーナ様の、あの、常に冷静沈着な『氷の薔薇』の仮面が、完全に、崩壊しました。ただ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、わたくしを見つめている。
わたくしは、そんな彼女に、懇切丁寧に、この世界の、真理を、説いて差し上げました。
「お考えなさい。人が、喜ぶ時、顔の、大頬骨筋は、収縮し、笑みを形作る。怒る時、背中の、広背筋は、緊張し、体をこわばらせる。悲しい時、涙腺の周りの、眼輪筋が、収縮し、涙を絞り出す! 全てが、筋肉の働き! すなわち、感情とは、筋肉なのですわ!」
わたくしの、その、あまりに、完璧で、揺るぎない、脳筋理論。
セレスティーナ様は、もはや、反論の言葉すら、見失っているようでした。
「つまり」と、わたくしは、結論を述べました。
「あのメイドは、心が弱っているのです。そして、心が弱っているのは、筋肉が足りないからですわ!」
わたくしは、人形のように、静かに佇む、リリアの元へと、歩み寄りました。
「彼女の、その、感情を司る、特殊な筋肉群が、先の戦いのショックで、完全に、萎縮してしまっている。いわば、『感情筋萎縮症』とでも言うべき、極めて、深刻な状態ですわ」
「か、感情筋…?」
「ええ。ですが、ご安心なさい。筋肉は、決して、裏切りません。たとえ、一度、萎縮したとしても、正しいトレーニングを施せば、必ずや、以前よりも、強く、たくましく、蘇るものです!」
わたくしは、リリアの、その、華奢な肩を、両手で、がっしりと掴みました。
そして、その、光のない瞳を、まっすぐに、見つめながら、高らかに、宣言したのです。
「これより、このわたくしが、彼女に、特別メニューの、**『感情筋トレ』**を、施しますわ! 泣くための大胸筋! 笑うための広背筋! その全てを、一から、鍛え直してご覧にいれます!」
わたくしの、その、あまりに、力強い宣言。
それは、絶望に沈んでいた、白氷城に、一筋の、奇妙で、しかし、あまりに、眩しい、筋肉という名の、希望の光が、差し込んだ瞬間でした。
ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。
次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)




