第一話:嵐の後の、モーニングラン
嵐が、去った。
あの、メイド――リリアの、魂を懸けた儀式によって、暴走していたセレスティーナ様は、奇跡的に、その意識を取り戻した。白氷城を包んでいた、絶対零度の魔力も、嘘のように、霧散している。
その、翌朝。
城内は、静かだった。安堵と、しかし、先の激戦による、深い疲労。そして、まだ、どこか燻る、絶望の残り香。そんな、重い空気が、白氷城を、支配していた。
城の兵士たちは、疲れ果てた顔で、城壁の修復作業や、負傷者の手当てに、黙々と、当たっている。
その、静寂を、打ち破ったのは。
わたくしの、一点の曇りもない、張りのある声でした。
「皆々様、おはようございます! 素晴らしい朝ですわね!」
中庭に、トレーニングウェア姿で現れた、わたくしの姿。それに気づいた、兵士たちの肩が、びくり、と跳ね上がった。その瞳に浮かぶのは、恐怖と、そして、警戒の色。
まあ、無理もありませんわ。彼らにとって、わたくしは、敵を殲滅した、救世主であると同時に、常識の通じない、赤い髪の悪魔なのですから。
ですが、わたくしは、そんな彼らの視線など、一切、意に介しませんでした。
「昨夜は、お疲れ様でした。見事な、クエストクリアでしたわね」
わたくしは、満足げに、頷く。
「ですが、油断は禁物ですわよ。高難易度のクエストをクリアした後は、必ず、適切なクールダウンを行い、次の戦いに備える。それが、一流のゲーマーの、嗜みというものです」
そう言うと、わたくしは、その場で、屈伸運動を始めた。
兵士たちは、呆然と、わたくしを見つめている。「この、世界の終わりのような状況で、この女は、何を、言っているんだ…?」と、その顔に、書いてありました。
「さあ、始めましょうか! 本日の、モーニングランを!」
わたくしは、号令と共に、雪がうっすらと積もった、中庭を、軽快に、走り始めました。
もちろん、ただ、走るだけではありません。
道端に転がっていた、先の戦闘で砕けたであろう、城壁の瓦礫(推定重量50キログア)を、両手に一つずつ、軽々と持ち上げ、それを、ダンベル代わりに、腕を振りながら、走る。
その、あまりに、人間離れした、そして、あまりに、場違いな光景。
絶望に、沈んでいた、白氷城の兵士たちは、もはや、声も出ない。ただ、目の前で繰り広げられる、圧倒的な、生命力の奔流を、見つめるだけでした。
恐怖は、いつしか、呆れへと変わり、そして、その呆れは、やがて、一つの、奇妙な感情へと、昇華していく。
(ああ、このお方がいれば…なんだか、もう、どうにでもなるような、気がしてきた…)
根拠など、ありません。ですが、その、圧倒的な、揺るぎない存在感が、彼らの、凍てついた心に、小さな、しかし、確かな、勇気の火を、灯し始めていたのです。
わたくしの、聖戦後の、完璧なクールダウンが、意図せずして、白氷城の、人々の心をも、温め始めていたことを。
もちろん、わたくし自身は、知る由もありませんでした。
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