第二十話:兄ヴォルフの、増え続ける胃薬
その頃、王都にあるツェルバルク家の本邸では。
わたくしの兄、ヴォルフガング・フォン・ツェルバルクが、頭を抱えておりました。
場面は王都へ。 彼の目の前には、王都の騎士団から派遣された伝令が、次々と、信じがたい報告を、もたらしていたのです。
「申し上げます! イザベラ様率いるツェルバルク軍、王都を出発して、わずか三日にて、既に全行程の半分を走破した模様!」
「馬鹿な! 全軍、完全武装のはずだぞ! 我が騎士団の、最速の騎馬隊ですら、倍はかかる距離だ!」
ヴォルフは、こめかみを押さえ、呻くように言いました。
ですが、地獄は、それで終わりません。別の伝令が、真っ青な顔で、駆け込んできます。
「も、申し上げます! ツェルバルク軍の、驚異的な進軍速度の、理由が判明いたしました!」
「何だと!?言ってみろ!」
「は、はい! 斥候の報告によりますと…兵士たちが皆、巨大な丸太を担いで、歌いながら、行進しているとのことにございます!」
「…………は?」
ヴォルフの思考が、完全に停止しました。
丸太を? 担いで? 歌いながら? それで、騎馬隊より速い?
意味が、分かりません。
「その…歌とは、なんだ」
「はっ! 『大胸筋に、栄光あれ!』という、歌詞であったと…!」
ヴォルフは、静かに、懐から胃薬の小瓶を取り出すと、その中身を、全て、口の中に流し込みました。
(イザベラ…お前は、一体、何を、しているんだ…!)
彼の苦悩が、イザベラの異常さを、客観的に描き出すのです。
妹が、突如として「聖戦」を宣言し、軍の全権を掌握し、そして、今、王国史上、最も、意味不明で、そして、最も、不気味な軍隊を作り上げ、北へと向かっている。
王城では、連日、緊急の会議が開かれ、「ツェルバルク家の反乱」を、どう鎮圧すべきか、という議論が、真剣に行われている。
その、全ての元凶である、わたくしの兄、ヴォルフ。
彼の、心労と、胃痛は、もはや、限界に達しておりました。
「ああ、父上…なぜ、あいつを、止めてくださらなかったのですか…」
彼は、誰にも聞こえない声で、そう呟くと、ぐったりと、椅子に、沈み込む。
そして、侍従に、こう命じるのでした。
「…胃薬の、一番、強力なやつを、樽で、持ってきてくれ…」
赤き戦姫の伝説が、進むほどに。
その兄の、胃痛の伝説もまた、新たなページを、刻み続けていたのです。
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