第十二話:最強のやり込み要素
どれくらいの時間、そうしていたのでしょうか。
わたくしは、ただ、自室の床にうずくまり、震えておりました。脳裏に焼き付いて離れない、兄ヴォルフ様の、あの最期の光景。これまで経験したことのない、リアルな「喪失」の恐怖が、わたくしの魂を、芯から凍てつかせていました。
(怖い…怖い…怖い…!兄様が、死んでしまう…!)
この世界が「ゲーム」であるという、わたくしの、絶対的な前提が、ガラガラと音を立てて崩れていく。もし、これが、ただのゲームではないとしたら?もし、本当に、やり直しのきかない、一度きりの現実だとしたら?
その、あまりに重い可能性に、わたくしは、押し潰されそうになっていました。
その、時でした。
わたくしの脳裏に、ふと、別の記憶が、よみがえったのです。
それは、わたくしが、まだ、この世界に来たばかりの頃の、遠い記憶。
ツェルバルク家の家訓、その第一条。
『迷ったら、殴れ』
そして、父ゴードリィが、幼いわたくしたちに、いつも語って聞かせてくれた言葉。
『力とは、守るべきもののために振るえ』
そうだ。
わたくしは、何を、忘れていたのでしょう。
恐怖に、震えているだけで、何かが変わるのですか?
迷っているだけで、誰かを、守れるのですか?
違う。
断じて、違いますわ。
わたくしは、ゆっくりと、立ち上がりました。
その、震える足に、ぐっと、力を込めて。
涙で濡れた頬を、ドレスの袖で、乱暴に拭う。
そして、鏡に映る、自分の顔を、真っ直ぐに、睨みつけました。
そこに映っていたのは、もう、怯えるだけの、か弱き少女ではありませんでした。
その瞳に、再び、灼熱の、不屈の闘志を宿した、ツェルバルク家の令嬢。
悪役令嬢、イザベラ・フォン・ツェルバルクの顔でした。
「そうですわ!この最悪の未来を回避してこそ、真のハッピーエンド!」
わたくしは、鏡の中の自分に向かって、力強く、宣言しました。
恐怖と迷いを、振り払うように。
「兄様が死ぬ? わたくしの家族が、不幸になる? そんな結末、このわたくしが、絶対に、認めませんわ!」
そうだ。これが、ゲームであろうと、現実であろうと、わたくしのやるべきことは、ただ一つ。
目の前に立ちはだかる、理不尽な運命を、この、鍛え上げた、完璧な肉体で、粉砕する。ただ、それだけ。
わたくしは、恐怖を、怒りへと、そして、怒りを、闘志へと、昇華させました。
この、世界の危機は、もはや、ただの「バッドエンド」ではない。
「最高のやり込み要素ですわ!」
わたくしは、完全に、再起動しました。
この、あまりに難易度の高いメインクエストを、完璧にクリアし、誰一人、死なせることなく、最高のエンディングを迎えてみせる。
その、ゲーマーとしての、そして、一人の戦士としての、新たな決意が、わたくしの魂を、これまでにないほど、強く、そして、熱く、燃え上がらせていたのです。
わたくしは、部屋の隅に置いてあった、愛用の大戦斧を、手に取りました。
ずしりとした、慣れ親しんだ重み。
さあ、始めましょうか。
この、クソゲーの、本当の攻略を。
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