第十一話:愛する者の死(ゲームオーバー)
おぞましい光景が、わたくしの脳裏で強制的に再生され続けます。
ただ歩くだけで、周囲の生命全てを無に還していく、災厄と化したセレスティーナ様。それは、もはや「ゲーム」などという、生ぬるいものではありませんでした。ただ、絶対的な、救いのない、世界の終わり。
(こんな結末…こんなバッドエンドが、あってたまるものですの…!)
わたくしは、魂の底から、この強制イベントを拒絶しました。
ですが、デモムービーは、わたくしの意志などお構いなしに、最も残酷な映像を、わたくしに叩きつけてきたのです。
舞台は、わたくしたちが誇る、ツェルバルク家の本領、鉄砦城。
ですが、その自慢の城壁は、無残に崩れ落ち、城下は、氷地獄と化していました。
その、絶望的な光景の中、ただ一人、ボロボロになりながらも、剣を構えて立っている男がいました。
「兄様…!」
わたくしの、最愛の兄、ヴォルフ様でした。
彼は、民を、そして、家族を守るため、ただ一人、災厄に立ち向かっていたのです。
ですが、その相手は、あまりにも、強大すぎました。
災厄と化したセレスティーナ様が、ただ、無感情に、その指先を、兄様へと向ける。
次の瞬間、兄様の体は、巨大な氷の槍に、いとも容易く、貫かれてしまいました。
血が、舞う。
兄様の、その、驚愕に見開かれた瞳が、確かに、わたくしを、見ていたような気がしました。
そして、その体は、ゆっくりと、崩れ落ちていく。
その、瞬間。
わたくしの頭の中で、何かが、ぷつり、と切れました。
違う。
これは、違う。
これは、「ゲームオーバー」などでは、ありませんわ。
ゲームオーバーなら、画面が暗転し、『GAME OVER』という、無機質な文字が表示されるだけのはず。そして、わたくしは、「ああ、選択肢を間違えましたわね」と、少しだけ悔しがりながら、ロード画面から、やり直すだけ。
ですが、今、わたくしの胸を締め付けている、この、息もできないほどの痛みは、何?
喉の奥から、込み上げてくる、この、熱い塊は、何なのですか?
兄様が、死んだ。
その、絶対的な事実が、わたくしの、これまで完璧に構築してきた、「この世界はゲームである」という、認識のフレームワークを、内側から、激しく、揺さぶります。
これは、ただの、データの消失ではない。
かけがえのない、たった一人の家族を、失うという、取り返しのつかない、本当の「喪失」。
その、リアルな恐怖が、初めて、わたくしの魂を、鷲掴みにしたのです。
映像が、途切れる。
わたくしは、ハッと、現実世界へと、意識を取り戻しました。
手には、まだ、プロテインの入ったシェイカーが握られている。窓の外では、美しい花火が、まだ、打ち上がっている。
ですが、わたくしの目には、もう、その輝きは、届いていませんでした。
カタカタと、歯の根が、合わない。
全身が、まるで、氷水を浴びせられたかのように、震えている。
あの、気高い『赤き戦姫』の姿は、どこにもありませんでした。
そこにいたのは、ただ、愛する者を失う恐怖に、怯える、一人の、か弱き少女の姿だけだったのです。
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