第七話:筋肉による王都平定
国王陛下が、その場のノリと勢いで許可を出してしまった「ツェルバルク家の名誉を懸けた御前試合」は、数日後、王都の巨大な闘技場で、実際に開催されることとなりました。
観客席は、超満員。噂を聞きつけた民衆、各騎士団の団員、そして、この世紀の茶番劇を見届けんとする、全ての貴族たちで埋め尽くされています。
兄ヴォルフ様は、胃痛のあまり、自室から出てこられませんでした。代わりに、エドワード王子が、貴賓席から、熱い視線をわたくしに送ってくださっています。
そして、対面の席には、ライネスティア家の者たちが、余裕の笑みを浮かべて座しておりました。彼らの筋書きでは、わたくしがここで無様に敗れ、ツェルバルク家の名誉が完全に地に落ちる、ということなのでしょう。
やがて、ファンファーレが鳴り響き、わたくしの最初の対戦相手が、闘技場へと姿を現しました。ライネスティア派閥に属する、高名な騎士です。
「始め!」
開始の合図と共に、騎士が、凄まじい速度でわたくしへと突撃してくる。その剣筋に、一切の迷いはありません。
ですが――
「遅いですわ」
わたくしは、その全力の突撃を、半歩だけ動いてひらりとかわすと、彼の背中に、軽く、本当に軽く、掌底を叩き込みました。
それだけで、屈強な騎士の体は、砂埃を上げて、闘技場の端まで、無様に転がっていきました。
一瞬の、沈黙。
そして、次の瞬間、観客席から、爆発のような歓声が沸き起こりました。
そこから先は、もはや、試合と呼べるものではありませんでした。
ライネスティア家が、次々と送り込んでくる手練れの騎士たち。その誰もが、わたくしの前では、赤子同然だったのです 。
素早い動きが自慢の剣士は、わたくしの、それを上回る踏み込みの前に、剣を抜くことすらできずに、場外へ。
鉄壁の防御を誇る重装騎士は、その自慢の大盾ごと、わたくしの拳の一撃で、くの字に折り曲げられて、気絶。
小賢しい罠を仕掛けてくる、頭脳派の騎士は、その全ての罠を、わたくしが、正面から、力任せに踏み潰していくことで、心を折られて、戦意喪失。
ですが、わたくしは、決して、礼節を忘れませんでした。
倒した相手には、必ず、その手を差し伸べ、「素晴らしい踏み込みでしたわ。ですが、もう少し、ハムストリングスを鍛えれば、さらに伸びますわよ」と、的確なアドバイスを送ることを。
その、あまりに正々堂々とした、そして、圧倒的すぎるわたくしの戦いぶりに、観客席の空気は、完全に変わっていました 。
民衆は、小難しい政治の駆け引きではなく、ただ、分かりやすい「力」と「誇り」を示すわたくしに、熱狂的な声援を送る。騎士たちは、その、一点の曇りもない武人の魂に、心からの敬意を払う。
ライネスティア家の者たちの顔が、余裕の笑みから、驚愕、苛立ち、そして、最後には、屈辱と怒りで、青ざめていくのが、手に取るように分かりました。
彼らが、何週間もかけて、念入りに作り上げた、「ツェルバルク家は、卑劣で、野蛮だ」という噂。
その、見えない壁は、今、この瞬間。
わたくしの、たった一人の、圧倒的な「力」の前に、木っ端微塵に、吹き飛んでしまったのです 。
最後の騎士が、白目を剥いて倒れた時、闘技場は、割れんばかりの「イザベラ」コールに包まれていました。
わたくしは、その歓声に応えるように、天に、力強く、拳を突き上げたのです。
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