第六話:誇りを懸けた御前試合
一夜明けても、わたくしの心は、晴れぬ霧の中にありました。
部屋の隅には、昨日わたくしが殴りつけた鎧の残骸が、無残な姿を晒している。それは、まるで、何もできずに苛立つ、わたくし自身の心のようでした。
兄ヴォルフ様が、疲労の濃い顔で部屋を訪れました。
「イザベラ。ライネスティア家の息のかかった貴族たちが、父上に、公式な調査団の派遣を要求しているそうだ。もはや、ただのゴシップでは済まされん…」
「……」
「このままでは、ツェルバルク家の名誉は…」
兄様の、その、か細い声を聞いた瞬間。
わたくしの、霧に包まれていた頭の中で、何かが、カチリ、と音を立てて噛み合ったのです。
(そうですわ。わたくしは、何を、迷っていたのでしょう)
わたくしは、ゆっくりと、立ち上がりました。その瞳には、もう、昨夜までの迷いはありません。
「兄様、もう、悩むのはやめにしますわ」
「イザベラ…?」
「小細工には、小細工を…そう考えていたのが、間違いでしたのよ。わたくしたちは、そのような、回りくどい戦い方をする一族ではございません」
わたくしは、窓の外から差し込む朝日を浴びながら、力強く、宣言しました。
「わたくしたちツェルバルク家の誇りは、小細工ではなく、圧倒的な『力』で証明するのです!」
呆然とする兄様を部屋に残し、わたくしは、ただ一人、国王陛下が政務を執る、謁見の間へと向かいました。
突然の訪問者に、衛兵たちは色めき立ちましたが、わたくしが放つただならぬ覇気に、誰も、それを止めることはできませんでした。
玉座に座る国王陛下の前に、わたくしは、一人、進み出ます。そして、深々と、しかし、堂々と、お辞儀をしました。
「国王陛下。ツェルバルク家が長女、イザベラ・フォン・ツェルバルク。この度、陛下に、直訴したき儀があり、参上いたしました」
玉座の周りにいた文官たちが、その、あまりに無礼な振る舞いに、息を呑みます。ですが、国王陛下は、興味深そうに、その顎鬚を撫でながら、わたくしに、発言を促しました。
「申してみよ、赤き戦姫」
「はっ。近頃、根も葉もない噂が、我がツェルバルク家の誇りを、汚そうとしております。言葉は、いくらでも捻じ曲げられ、嘘を真実に仕立て上げることもできましょう。ですが、陛下。決して、嘘をつかぬものが、一つだけございます」
わたくしは、顔を上げ、国王の目を、真っ直ぐに見つめました。
「それは、鍛え上げられた、真の『力』。家の誇りを背負いし者の、揺るぎなき、覚悟でございます」
わたくしは、その場で、片膝をつきました。
「つきましては、陛下におかれましても、我がツェルバルク家の、その真偽を、是非、御覧じいただきたく! 我が家の名誉を懸けた、
御前試合の開催を、ここに、伏して、お願い申し上げます!」
わたくしの、その、あまりに荒唐無稽で、前代未聞の直訴に、謁見の間は、水を打ったように静まり返りました。
国王陛下は、最初、驚きに目を見開いておりましたが、やがて、その口元に、面白い玩具を見つけた子供のような、不敵な笑みを、浮かべたのです。
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