第二話:社交界(ダンスホール)の基本は体幹ですわ!
わたくしの、あまりに合理的かつ的確な要求に、王城の大広間は静まり返っておりました。エドワード王子は、美しい彫刻のように固まったまま、瞬きを繰り返しています。
(ふむ、わたくしの提案が、あまりに斬新で、彼の脳の処理能力(CPU)を超えてしまったようですわね)
わたくしが、彼の次の反応を待っていると、タイミングを計ったかのように、優雅なワルツの演奏が始まりました。貴族たちが、次々とパートナーを見つけ、ダンスフロアへと滑り出していきます。
一人の、大変美しい令嬢が、エドワード王子の元へ歩み寄り、扇子で口元を隠しながら、可憐にお辞儀をしました。
「エドワード殿下、わたくしと、一曲、踊っていただけませんこと?」
王子にダンスを申し込む。実に勇気ある行動ですわ。ですが、今の王子は、わたくしとの「特殊イベント」の真っ最中。きっと、丁重にお断りになるでしょう。
果たして、王子は、その令嬢に、完璧な笑みを向けました。
「申し訳ない。今宵、私の心は、ただ一人の女性に捧げられているのでね」
その言葉と共に、彼は、熱い視線をわたくしへと向けました。令嬢は、顔を真っ赤にして、逃げるように去っていきます。周囲の貴族たちも、その、あまりに情熱的な光景に、息を呑んでおります。
(ええ、ええ、分かりますわ。ゲームのメインシナリオが進行しているのですから、他のNPCの誘いなど、受けられるはずがありませんものね)
わたくしが、一人、冷静に状況を分析していると、王子は、驚くべき行動に出ました。
彼は、おもむろに、大広間の、少しだけ人目につかない柱の陰へと移動すると、窮屈そうな上着のボタンを一つ外し、そして――おもむろに、腰を落とし始めたのです。
それは、スクワットでした。
彼なりに、わたくしにアピールするため、見様見真似で「トレーニング」を開始したのでしょう。
ですが――そのフォームは、あまりにも、なっておりませんでした!
背筋は丸まり、膝は内側に入り、そして、何より、踵が浮いてしまっている。あれでは、大腿四頭筋に負荷がかかるどころか、腰と膝を痛めるだけの、最悪のフォームですわ!
「殿下、お待ちくださいましッ!」
わたくしは、もはや、淑女の作法などかなぐり捨て、彼の元へと駆け寄っていました。ダンスフロアを横切り、驚く貴族たちを脇目に、一直線に。
わたくしの、鬼気迫る表情に、王子は、びくりと肩を震わせます。
「そのようなフォームでは、腰を痛めるだけですわ! それは、もはや、トレーニングではなく、ただの自傷行為です!」
わたくしは、王子の背後に回ると、その丸まった背中に、ぴしゃり、と平手を打ち付けました。
「背筋を伸ばし、尻を突き出す! 膝がつま先より前に出てはいけません! 胸を張って!」
わたくしは、彼の体の位置を、物理的に、修正していきます。
「さあ、その姿勢で、ゆっくりと、腰を落としてくださいまし! そう!そうですわ!」
優雅なワルツが流れる、王城の大広間の片隅で。
一国の王子が、額に汗を浮かべ、必死の形相でスクワットを繰り返し、その隣で、真紅のドレスの令嬢が、「あと10回!声が小さいですわ!」と、熱血指導を行う。
それは、この国の歴史始まって以来、最も奇妙で、そして、最も場違いな光景でした。
周囲の貴族たちは、もはや、ダンスも忘れ、ただ、呆然と、その異常な光景を見つめるだけでした。
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次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
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