第四十九話:それぞれの思惑
戦いが終わり、あたりを支配していた混沌の気配は、きらきらと舞う光の粒子と共に、完全に消え去りました。静寂の中、わたくしがその場に膝をつくと同時に、チームの仲間たちが駆け寄ってきます。
「イザベラ様!」
「大丈夫か、イザベラ!」
クレメンティーナとダフネがわたくしの体を支え、リョーコ殿が警戒を解かずに周囲を窺う。そして、エリアーナは――ただ、言葉もなく、わたくしのことを見つめていました。
やがて、遠巻きに見ていた生徒や教官たちが、恐る恐る、この場所へと戻ってきました。そして、彼らが見たのは、完全に消滅した伝説の魔獣と、その中心に立つ、ボロボロの姿のわたくし。
誰からともなく、まず、小さな拍手が起こりました。それは、やがて、地鳴りのような喝采へと変わっていきます。
「す、すごい…!あの魔獣を、一人で…!」
「彼女が、学園を救ったんだ…!」
わたくしは、学園を救った英雄となりました。
___
エリアーナは、人々の歓声の輪の中心にいるイザベラを、ただ、見つめていました。
怖かった。あの魔獣も、そして、それを超えるほどの力を振るうイザベラ様も。
でも、それ以上に、エリアーナの脳裏に焼き付いていたのは、全く違う光景でした。
自分と王子が追い詰められた、あの絶体絶命の瞬間。
皆が逃げ惑う中、ただ一人、敢然と魔獣に立ち向かっていった、彼女の背中。
仲間を守るため、自らの制服を引き裂き、戦士へと姿を変えた、あの覚悟。
そして、最後に放たれた、恐ろしいけれど、どこまでも気高く、美しい一撃。
物語に出てくる、どんな王子様よりも、どんな英雄よりも、イザベラ様は、ずっと、ずっと、輝いて見えた。
自分の全てを懸けて、守ってくれた。
その事実が、エリアーナの心の中で、恐怖や戸惑いを、全く別の、熱い感情へと変えていきました。
憧れ。そして――。
(ああ、わたくし…)
自分の頬が、急速に熱を帯びていくのが分かります。心臓が、今まで感じたことのない速さで、高鳴っている。
エリアーナは、その瞬間、確かに恋に落ちたのです。
この世界で最も強く、気高く、そして、不器用で優しい、「王子様」に。
___
その歓声の輪をかき分けるようにして、エドワード王子がわたくしの元へと駆け寄ってきました。その顔は、興奮と情熱で赤く染まっています。
「イザベラ!」
彼は、わたくしの手を、力強く両手で握りしめました。
「君のその気高い魂!誰かを守るために全てを懸ける、その強さ!僕は、生まれて初めて、これほどまでに心を揺さぶられた!イザベラ、愛しています!どうか、僕の想いを受け取ってほしい!」
それは、実に情熱的な愛の告白でした。ですが、極度の疲労状態にあったわたくしの脳は、その言葉を「ボス討伐後のボーナスイベント」としか認識できませんでした。
「はあ…どうも、ありがとうございます、殿下。戦闘中のご支援、感謝いたしますわ」
「違う、そうじゃない!僕の愛は!」
その光景を、遠く離れた場所で、一体の魔術的な鏡を通して見ていたラザルスは、戦慄に体を震わせていました。
「ありえない…ありえない…!なぜだ!なぜ、あの脳筋女が、カオス・グリフォンを…!」
彼の計画は、めちゃくちゃになりました。 ヴァイスハルト家を失脚させるどころか、結果として、ツェルバルク家のイザベラを、学園の英雄へと押し上げてしまったのですから。
理解できない。あの女の、あの常識外れの行動の、一体どこに、これほどの結末を導く要因があったというのか。ラザルスは、理解不能な恐怖に、ただ歯を食いしばることしかできませんでした。
騒ぎを聞きつけ、現場に駆けつけた兄、ヴォルフは、人垣の向こうに、ボロボロになりながらも、仲間たちに囲まれて立つ妹の姿を見つけました。
彼は、静かに群衆を抜け、わたくしの元へやってくると、その大きな手で、わたくしの頭を、少しだけ乱暴に、わしゃわしゃと撫でました。
そして、ただ一言。
「――よくやった」
兄様の、そのぶっきらぼうな言葉が、誰からのどんな賛辞よりも、温かく、わたくしの心に染み渡るのでした。
ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、世界観を共有する作品もあるので、そちらもご覧いただけるとお楽しみいただけるかと存じます。HTMLリンクも貼ってあります。
次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)




