第四十二話:ラザルスの陰謀、発動
鬱蒼とした森の中、ほとんどの生徒たちが魔獣の気配を探してさまよっている頃。
一人の男が、その喧騒から隔絶された、古代遺跡の最深部に立っていた。
「……あの、脳筋女が…っ!」
ラザルスは、目の前の祭壇に鎮座する巨大な石版を見つめ、歯ぎしりをした。その中央には、まるで巨大な拳で殴り抜かれたかのような、完璧な円形の穴が、ぽっかりと口を開けていた。
彼の部下たちが、恐る恐る尋ねる。
「ラザルス様…これでは、封印の解除は…」
「やるのだ。少々手順が増え、余計な魔力が必要になるだけだ」
ラザルスは、冷静さを装いながらも、その瞳の奥に、煮え滾るような怒りの炎を宿していた。
あのイザベラ・フォン・ツェルバルク。あの女、自分が何を持ち去ったのか、全く理解していないのだろう。あれを魔獣の弱点図などと、本気で信じているに違いない。その底なしの愚かさが、彼の緻密な計画を、根底から揺るがしたのだ。
だが、ここで止まるわけにはいかない。
「詠唱を始めろ。穴の空いた部分は、我々の魔力で無理やり繋ぎ、循環を成立させるのだ」
ラザルスの号令一下、黒装束の部下たちが祭壇を取り囲み、不気味な詠唱を開始した。
彼の狙いは、この演習そのものではない。ましてや、イザベラへの復讐など、些事に過ぎない。
彼の真の目的は、この遺跡に太古の昔より封印されし、伝説級の魔獣「カオス・グリフォン」を復活させること。
そして、その罪を、一人の令嬢に着せること。
(待っていろ、セレスティーナ・フォン・ヴァイスハルト…)
ラザルスの脳裏に、銀髪の美しき令嬢の姿が浮かぶ。
王侯五侯筆頭、ヴァイスハルト家が抱える最大の秘密――その血筋に稀に発現する、規格外の力を持つ存在、「災厄の器」。
カオス・グリフォンが放つ混沌の魔力は、同じく不安定な魂核を持つ「銀髪」のセレスティーナと共鳴するはずだ。演習中に突如として現れた伝説の魔獣と、その傍にいる銀髪の公爵令嬢。誰もが、彼女がその力を暴走させ、魔獣を呼び出したのだと信じるだろう。
そうなれば、ヴァイスハルト家の権威は失墜し、彼の望む新たな秩序への道が開かれるのだ。
「おお、古き混沌の王よ!その枷を解き放ち、今こそ、その翼を天に広げよ!」
ラザルスの詠唱が頂点に達した瞬間、石版が禍々しい光を放った。円形の穴から漏れ出した闇が渦を巻き、祭壇全体が、まるで地震のように激しく揺れ動く。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
やがて、凄まじい破壊音と共に、祭壇の床そのものが砕け散った。
そして、その下にある奈落の闇から、二つの、燃えるような紅い光が、浮かび上がった。
それは、巨大な鷲の上半身と、獅子の下半身を持つ、伝説の魔獣。その体からは、空間そのものを歪ませるほどの、混沌とした魔力が絶えず溢れ出している。
「クァァァァァァァァァァッ!!」
カオス・グリフォンが、天を衝くほどの咆哮を上げた。それは、ただの鳴き声ではない。周囲のエーテルを乱し、森の理を狂わせる、混沌の波動そのものだった。
ラザルスは、自らが解き放った厄災を前に、恍惚とした笑みを浮かべた。
「行け、カオス・グリフォン。お前のための舞台は整えてやった。存分に、暴れるがいい!」
伝説の魔獣は、主の言葉に応えるかのように翼を広げ、遺跡の天井を突き破り、空へと舞い上がった。
平穏だった魔獣討伐演習が、真の地獄へと変わるまで、あと、わずか。
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