第三十九話:兄からの手紙
リョーコ殿に教わった「静かなる鍛錬」を始めてから、数日が経ちました。
わたくしは、まだ自分の力を完全に制御できるようになったわけではありません。ですが、ただ闇雲に恐怖するのではなく、その力の正体と向き合う、という道筋だけは見えてきておりました。
そんなある日の午後。わたくしの元に、一通の手紙が届けられました。差出人は、兄であるヴォルフガング・フォン・ツェルバルク。兄様の、武骨で、それでいて実直な筆跡でした。
てっきり、門の制作の進捗を尋ねる内容か、あるいは、また何か問題を起こしていないかという催促かと思いましたけれど、手紙の内容は、わたくしの予想とは全く違うものでした。
『イザベラへ
門の制作は順調に進んでいるようだな。先日、父上へお前の近況を報告するため、一度実家へ戻った。
お前の「戦い」について、ありのままを父上にお伝えしたところだ。
父上は、わたくしの報告を黙って聞いた後、一言、こう仰っていた。
お前にも、伝えておくべきだろう』
手紙は、兄様らしい、飾り気のない言葉で綴られていました。そして、その最後に、父上の言葉が、力強い筆致で記されていました。
「『心の中の猛獣は、檻ではなく、意志でこそ乗りこなせ』」
その一文を読んだ瞬間、わたくしの中で、バラバラだった歯車が、ぴたりと噛み合ったような気がしました。
心の中の猛獣。
それは、今のわたくしが恐れている、この制御不能な力のこと。
わたくしは、この猛獣を恐れるあまり、戦いを放棄し、力を封じ込めようとしていました。いわば、頑丈な「檻」に閉じ込めて、見ないふりをしようとしていたのです。
ですが、父上は、それでは駄目だと仰る。
檻に入れるのではなく、「乗りこなせ」と。
そして、そのために必要なのは、物理的な力や頑丈な檻ではなく、ただ一つ、乗りこなそうとする乗り手の、揺るぎない「意志」なのだと。
リョーコ殿が、身をもって示してくれた「制御」のための鍛錬。
そして、父上が、兄様を通して伝えてくれた「意志」の重要性。
二つの教えが、わたくしの中で一つの道になりました。
わたくしがすべきことは、力を捨てることではない。この荒れ狂う猛獣から逃げることでもない。
この猛獣の背に跨り、手綱を握り、わたく自身の「意志」の力で、進むべき方向へと導くこと。
それこそが、わたくしが本当に目指すべき「強さ」の形。
「……ありがとうございます、父上、兄様」
わたくしは、手紙を胸に抱きしめ、静かに呟きました。
恐怖は、まだ、あります。ですが、もう、迷いはありませんでした。
わたくしは立ち上がり、部屋の隅で静かに埃をかぶっていた、愛用の大戦斧を、再びその手に取りました。
ずしりとした、慣れ親しんだ重み。
今のわたくしには、もう、これがただの凶器には見えませんでした。
これは、わたくしが乗りこなすべき猛獣。そして、わたくしの意志を体現するための、最高の相棒。
わたくしの瞳に、再び、戦いの炎が灯った瞬間でした。
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