第三十五話:二度目の暴走と、最初の傷
チーム・イザベラ結成後の合同訓練は、わたくしの指導の下、順調に進んでおりました。クレメンティーナとダフネは、わたくしの指示に忠実に従い、エリアーナは後方で(怯えながらも)支援物資の管理方法を学んでおります。そしてリョーコ殿は、わたくしと互角に打ち合える、唯一無二の好敵手。完璧な布陣ですわ。
その日は、魔獣討伐演習本番を想定し、召喚した擬似魔獣を相手にした実戦形式の訓練を行っておりました。
「いいですわね、みなさん!わたくしが前衛で敵の注意を引きつけ、道を切り開きます!リョーコ殿は遊撃、クレメンティーナとダフネはわたくしの左右を固めなさい!エリアーナは最大効果範囲から離れて待機!」
わたくしは愛用の大戦斧を構え、擬似魔獣の群れへと突撃しました。ですが、敵の数が想定よりも多い。このままでは、後方のエリアーナは守れても、左右のダフネたちが横から回り込まれる可能性がありますわ。
「やむを得ませんわね…。一気に薙ぎ払います!」
わたくしは、チームを守るため、広範囲を殲滅する灼閃系統の魔法を行使することにしました。 以前、訓練場でベンチを蒸発させてしまった技ですが、 今のわたくしなら、完璧に制御できるはず。
「ご覧なさい!わたくしの力で、勝利への道をこじ開けますわ!――灼け、閃け!」
わたくしの手から、渦巻く灼熱の魔力が放たれました。
ですが、その瞬間、わたくしは悟りました。力が、魔力が、わたくしの意思を離れて、膨れ上がっていくのを。
(しまっ…!制御が…!)
わたくしが放った灼熱の塊は、前方の敵を焼き払うだけでは収まりませんでした。それは爆発的に拡散し、灼熱の波となって、予期せぬ方向――わたくしのすぐ横にいたダフネたちの方へと広がっていったのです。
「危ない!」
声よりも速く、影が動きました。
リョーコ殿です。
彼女は、迫りくる熱波の前に立ち尽くすダフネを、力強く突き飛ばして庇いました。
ゴウッ!という轟音と共に、熱波がリョーコ殿の体を舐めて過ぎ去っていきます。
魔法が収まった後、そこには、焦げ付いた地面と、破壊された擬似魔獣の残骸だけが残されていました。
「……きゃっ」
突き飛ばされたダフネが、小さく悲鳴を上げます。彼女に怪我はありません。ですが、彼女を庇って立ったリョーコ殿は、静かにその場に片膝をついていました。彼女が盾にした左腕の制服は焼け焦げ、その下の白い肌が赤く爛れているのが、はっきりと見えました。
「…………あ……」
わたくしの視線が、その火傷に釘付けになりました。
仲間を、守ろうとした力で。
わたくしが、仲間を。
わたくしの信じる、わたくしの誇る、この力が、仲間を傷つけた。
その事実が、巨大な鉄槌のようにわたくしの頭を殴りつけました。
目の前が、真っ白になる。
耳が、何も聞こえなくなる。
全身から、急速に血の気が引いていくのが分かりました。
カラン、と。
乾いた音がして、わたくしは自分の手から、あれほど軽々と振り回していた大戦斧が滑り落ちたことに、ようやく気づきました。
初めて仲間を傷つけたという、絶対的な事実に。
わたくしは、ただ、立ち尽くすことしかできませんでした。
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