第三十二話:王子様からの差し入れ
「そぉりゃっ!」
わたくしは巨大な丸太を肩に担ぎ、門の頂点に掲げるための竜の彫刻を彫り進めておりました。もちろん、彫刻刀などという軟弱なものは使いません。己の指先で木材を削り、握力で形を整えていく――これぞ究極の指先トレーニングですわ!
兄様は少し離れた場所で、わたくしの仕事ぶりを胃薬片手に見守って(監視して)おります。そんな中、不釣り合いなほど丁寧な足音と共に、一人の侍従がわたくしたちの作業現場に現れました。その胸には、王家の紋章が輝いています。
「ごきげんよう、ツェルバルク嬢。エドワード王子殿下より、貴女へとお届け物にございます」
「まあ、王子様から?」
侍従が恭しく差し出したのは、王家の紋章が刻印された、見るからに高級そうな桐の箱でした。
(来た…!とうとう来ましたわね、破滅への誘い(ハニートラップ)が!)
わたくしは瞬時に身構えました。エドワード王子は、乙女ゲームにおけるわたくしの破滅フラグの起点となる最重要人物。彼からの接近は、すなわち死へのカウントダウンに他なりません。 この箱の中身は、きっとわたくしを弱体化させるための罠。レースだらけのドレスか、動きを鈍らせる宝石か、あるいは筋肉を弛緩させる毒入りの菓子かもしれませんわ!
「……兄様、開けてくださいまし。万が一、爆発するといけませんから」
「お前は兄をなんだと思っているんだ…」
兄様が呆れながらも箱の蓋を開けると、中から現れたのは――
「これは……」
きらびやかな宝石でも、甘い香りの菓子でもありませんでした。
そこにあったのは、黄金の鷲の紋様が描かれた、巨大で荘厳な袋。そして、その袋に記された文字は…
『王家御用達 最高級ホエイプロテイン チョコレートファッジ風味 筋肉増強成分50%増量版』
「…………え?」
わたくしは、己の目を疑いました。
プロテイン…?王子様が、わたくしに、プロテインを?
わたくしは侍従から袋をひったくるように受け取ると、その封を切り、中身の粉末を指ですくって、専門家のようにその質を確かめました。きめ細やかな粒子、芳醇なカカオの香り、そして何より、この凝縮されたタンパク質の波動…!
わたくしは顔を上げ、侍従に震える声で尋ねました。
「――これは、本物ですのね?」
「は、はい。殿下が、国内外から最高品質の素材を取り寄せ、専門の錬金術師に調合させた、特別な品であると伺っております」
「まあ…!」
なんと!あの王子様、見かけによらず、わたくしが本当に求めているものを正確に理解していらっしゃる!
わたくしは、ただただ感動しておりました。トレーニング後のゴールデンタイムにおける栄養補給の重要性、それを王族の方が分かってくださるとは!
その瞬間、わたくしの脳内に、幻のシステムメッセージが鳴り響きました。
【♪ピロン♪ エドワード王子の好感度が10ポイント上昇しました!】
「ふん、なかなかやりますわね」
わたくしは、携帯用のシェイカー(2リットルサイズ)に早速プロテインを投入し、近くの水瓶から水を汲んでシェイクすると、一気にそれを飲み干しました。
ああ、染み渡りますわ…。酷使されたわたくしの筋肉が、喜びに打ち震えているのが分かります。
「美味ですわ!殿下によろしくお伝えくださいまし。実に素晴らしい差し入れであった、と!」
わたくしは空になったシェイカーを掲げ、満面の笑みで侍従に告げました。
王子に対する警戒心は、最高品質のプロテインの前に、跡形もなく消え去っておりました。ええ、ええ、筋肉が喜ぶものを持ってきてくれる方に、悪い方がいるはずありませんものね!
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