第二十七話:兄妹の絆と父の教え
「……イザベラ」
胃薬の瓶をテーブルに置き、兄様はひどく重い声でわたくしの名前を呼びました。その双眸には、わたくしが今までに見たこともないほどの真剣な色が浮かんでいます。
「お前は、自分が何をしたのか、本当に分かっているのか」
その叱責の言葉に、わたくしはきょとんと首を傾げました。
「もちろんですわ、兄様。昨夜は素晴らしい実戦訓練をこなし、本日は演習の勝利に不可欠な重要アイテムを入手いたしました。完璧な状況判断と行動だったと自負しておりますけれど」
「違うッ!」
兄様が声を荒らげました。
「あれは訓練などではない!お前が『スパーリングパートナー』と呼んだ男は、おそらくラザルスがお前を害するために放った本物の刺客だ!そしてお前が『攻略本』と称するそれは、他国の歴史にも関わる可能性のある、二度と元には戻らぬ古代の遺物なのだぞ!一歩間違えれば、お前は死に、ツェルバルク家は国際問題に巻き込まれていたかもしれんのだ!」
兄様の言葉は、切実な響きを帯びていました。ですが、わたくしには、どうしてもその深刻さが理解できませんでしたの。
だって、これは「ゲーム」なのですから。
「兄様。わたくしが戦っているのは、刺客でもなければ、学園の演習でもありませんわ」
わたくしは、まっすぐに兄様の目を見つめ返して言いました。
「わたくしが戦っているのは、『破滅』という名の理不尽なシナリオそのもの。この世界で生き残るため、わたくしは最強でなければならないのです。そのためならば、どんな手段も使います。全ての障害を筋力で踏み潰し、破滅フラグという破滅フラグを根こそぎへし折る。それが、わたくしの戦いですのよ!」
その言葉に、嘘偽りはありませんでした。これは、わたくしの純粋な、そして揺るぎない決意。わたくしがこの狂ったゲームの世界で生き抜くための、唯一の方法なのです。
わたくしの瞳に宿る光を見た瞬間、兄様はハッと息を呑み、言葉を失いました。そして、その視線はどこか遠くを見つめているようでしたわ。
【回想】
――それは、まだわたくしたちが幼かった頃。ツェルバルク家の練兵場で、父ゴードリィに剣の手ほどきを受けていた日のこと。
わたくしは、自分よりも頭一つ分大きな兄様を、いとも簡単に木剣で打ち負かしてしまいました。力任せに振り回した一撃で、兄様は尻餅をつき、悔しそうにわたくしを睨みつけます。
「イザベラ!お前は力が強すぎるんだ!」
「まあ、兄様が非力なだけですわ!」
言い争うわたくしたちの間に、山のように大きな父上の影が落ちました。
「――やめい、二人とも」
厳かな声と共に、父上はわたくしたちの木剣を取り上げます。そして、わたくしと兄様の頭に、節くれだった大きな手を置きました。
「ヴォルフ。イザベラ。よく聞け。力とは、ただ振り回すためだけにあるのではない」
父上は、わたくしたちの目を交互に見つめながら、静かに、しかし力強く言いました。
「力は、守るべきもののために振るえ」
「己の誇りを、家族を、民を、国を。守るべき何かがある時、お前たちの力は初めて真の『武』となる。その目的を忘れ、ただ力を誇示するだけの者は、ただの暴威に過ぎん。ツェルバルクの人間は、暴威を振るう者であってはならん。分かったな」
「……そうか」
長い沈黙の末、兄様はぽつりと呟きました。その顔から、先ほどまでの厳しい叱責の色は消え、代わりに深い疲労と…そして、ほんの少しの諦観が浮かんでいます。
兄様は、わたくしの肩にそっと手を置きました。
「お前にとって、それが『守るべきもののための戦い』だというのだな」
「ええ、そうですわ」
「……分かった。もう何も言うまい」
兄様はそう言うと、わたくしから手を離し、もう一度、深く深く溜め息をつきました。
「だが、ツェルバルクの名に泥を塗るような真似だけはするな。それと…死ぬなよ、イザベラ」
兄として、彼は妹の戦いを、その意味不明な理屈ごと、見届ける覚悟を決めたのでしょう。 わたくしには、それが、兄様がついにわたくしの戦術の正しさを理解し、感服したようにしか見えませんでしたけれど。
「もちろん、当然ですわ、兄様!」
わたくしは、勝利を確信した笑みを浮かべたのでした。
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