第二十四話:刺客はスパーリング相手ですわ
自室に戻ったわたくしは、持ち帰った石版の欠片――すなわち、魔獣討伐演習における「究極攻略本」を机に広げ、うっとりと眺めておりました。
「ふふふ、見事な出来栄えですわ」
わたくしの拳によって円形にくり抜かれた石版の断面は、まるで熟練の職人が仕上げたかのように滑らか。そして、そこに描かれた魔獣の図と、弱点を示す紋様。これをどう効率的に突くか、新たなトレーニング計画を練る時間は、まさに至福のひとときですわね。翼の付け根を破壊するには広背筋と上腕三頭筋の連携が、心臓を貫くには大胸筋を中心としたプッシュ系の瞬発力が求められるでしょう。
「まずは、槍投げの要領で杭を打ち込む練習から始めるのがよろしいかしら…」
わたくしが思考の海に深く潜っていた、その時でした。
窓の外、月の光が届かぬ木々の闇から、ピリリと肌を刺すような鋭い気配が放たれたのです。
(ほう…この研ぎ澄まされた気配…尋常ではありませんわね)
それは殺気――いいえ、違いますわ。これは「やる気」です。
ラザルスも、なかなか粋な計らいをしてくれるではありませんか。わたくしが攻略本を手に入れたことを見越し、演習本番前の腕試しとして、実戦経験豊富な方を差し向けてくれたのですわね!
「ええ、ええ、望むところですわ!」
わたくしは音もなく立ち上がり、バルコニーへと歩み出ました。すると、闇の中から黒装束の影が音もなく滑り出し、わたくしに向かって何かを吹きつけました。銀色に光る細い針――毒針ですわね。
「素晴らしい!まずは神経系のデバフ攻撃で持久力を削ぐ作戦ですのね!実に効果的な実戦シミュレーションですわ!」
わたくしは飛来する毒針を、最小限の動きで見切って避けました。数本が腕を掠めましたが、ツェルバルク家の鍛え抜かれた肉体にとって、その程度の神経毒は心地よいマッサージのようなもの。血行が促進されますわ。
感心している間にも、刺客殿は滑るような動きで距離を詰め、両手の短剣を閃かせます。その動きは速く、無駄がなく、急所を的確に狙う教科書のような暗殺術。
「速いですわね!ですが!」
わたくしは一瞬で懐に潜り込み、彼の脇腹に軽く掌底を叩き込みました。
「――踏み込みが甘いですわ!速さに頼るあまり、一撃の重さが疎かになっています!全ての攻撃は、強靭な体幹と安定した下半身から生まれるのですわよ!」
「ぐっ…!?」
数メートル吹き飛ばされ、受け身をとって体勢を立て直す刺客殿。その目には驚愕と…いえ、さらなる闘志が燃えているように見えますわ。すぐに気配を消し、闇に紛れて次の攻撃を狙っている。なんと熱心な方なのでしょう!
「気配遮断は基本ですが、惜しいですわね!筋肉の収縮を完全に殺しきれていませんわ。特に呼吸の際の横隔膜の動き、もっとインナーマッスルを意識なさい!」
闇が揺らめいた瞬間、わたくしは背後に回り込んでいた刺客殿の腕を掴み、美しい一本背負いを決めました。
ドォン!という鈍い音が響き、地面に叩きつけられた刺客殿から蛙が潰れたような声が漏れます。
「どうです?今の衝撃で、体幹の重要性がご理解いただけたかしら?」
わたくしは倒れている刺客殿の腕をとり、そのまま関節技の練習台…いえ、懇切丁寧な指導を開始しました。
「良いですか、相手を制圧するには、こうして肘の関節をですね…」
「ぎ、ぎぎぎ…!」
「おお、素晴らしい悲鳴…いえ、気合の入ったお返事ですわ!見込みがありますわね!」
これは素晴らしいスパーリングですわ!
ラザルスは、わたくしの成長を促すために、これほど手強い(そして打たれ強い)お相手を用意してくれたのです。彼の期待に応えないわけにはいきませんわね!
わたくしは手加減なしの「指導」を続けました。投げて、絞めて、時には「腹筋が足りませんわ!」と一緒に腹筋運動をこなして。彼の黒装束は汗と土で汚れ、その顔には先ほどまでの鋭い「やる気」は消え失せ、代わりに深い感動の涙が浮かんでいるように見えましたわ。
これこそが、肉体と肉体がぶつかり合うことで生まれる、言葉を超えた魂の対話!
わたくしは、この名も知らぬ好敵手との出会いに、心からの感謝を捧げたのです。
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