第二十三話:石版(攻略本)を、いただきますわ
月が雲に隠れ、学園の森が深い闇に沈む頃。わたくし、イザベラ・フォン・ツェルバルクは、完璧な夜間訓練の装いに身を包んでおりました。もちろん、侍女のブリギッテお手製、伸縮性と消音性に優れた漆黒のトレーニングウェアですわ。
「ふふ、夜の遺跡潜入訓練とは、胸が高鳴りますわね!」
昼間にラザルスの部下から得た情報(という名の挑戦状)によれば、演習区域の森の奥深くにある古代遺跡に、魔獣討伐演習の「攻略本」たる『石版』が眠っているとのこと。 これを手に入れずして、ツェルバルクの名が廃りますわ!
わたくしはツェルバルク家に伝わる「気配遮断術」を発動させ、夜の闇に溶け込みました。これは己の筋肉の躍動音すら風のそよぎや木の葉のさざめきと同期させる高等技術。今のわたくしは、闇夜を駆ける一陣の風そのものです。
遺跡の入り口は、巨大な蔦に覆われた古びた石の門でした。ラザルスの部下たちは警備がどうとか言っていましたけれど、物理的な障壁など、わたくしの前では無意味ですの。
「――失礼しますわ」
わたくしは門に手をかけ、静かに、しかし圧倒的な力で内側へ押し開きました。ゴゴゴ…と、数百年ぶりに動かされたであろう石の扉が、悲鳴のような軋みを上げます。これでは「静かに」とは言えませんわね。反省です。
遺跡の内部は、ひんやりとした空気が漂い、壁には月光に照らされて古代文字のようなものが 희미に浮かび上がっていました。おそらく、失われた「律章術」の時代のものなのでしょう。 もし知性派ライバルのエーベルハルトがここにいれば、目を輝かせて分析を始めるのかもしれませんけれど、わたくしの興味はただ一つ。
(どこですの、わたくしの攻略本は!)
わたくしは、まるで自宅のトレーニングルームを歩くかのように、迷いなく遺跡の最深部へと進んでいきます。仕掛けられていたであろう脆弱な罠は、わたくしの強靭な肉体が放つ威圧感だけで勝手に作動し、自壊していきましたわ。
そして、ついに辿り着いたのです。
遺跡の最奥、ひときわ開けた円形の広間。その中央の祭壇に、それは鎮座しておりました。
「見つけましたわ…!」
一辺が2メートスはあろうかという、巨大な黒曜石の石版。 表面には、素人のわたくしには到底読めない古代文字がびっしりと刻まれています。
「これが…攻略本…!」
わたくしは石版に歩み寄り、その表面を指でなぞりました。古代文字はさっぱり読めませんけれど、問題はありませんわ。中央に、一際大きく描かれた図絵がありましたもの。
それは、翼を持つ獅子のような、禍々しい魔獣の姿。 そして、その魔獣の心臓と翼の付け根あたりに、複雑な紋様がいくつか描かれていました。
「なるほど!これですわね!」
わたくしはポンと拳を打ちました。この図こそが、ラザルスが言っていた「計画の鍵」!
この魔獣が、演習で出くわすボスクラスの敵で、この紋様がその「弱点」を示しているに違いありませんわ!
古代文字が読めずとも、この図さえあれば百人力。なんと親切な設計なのでしょう。
さて、問題はこの巨大な石版をどうやって持ち帰るか、ですけれど…。
「全部持っていくのは、非効率的ですわね」
わたくしが必要なのは、あくまでこの「弱点図」の部分だけ。であれば、答えは一つですわ。
わたくしは腰を落とし、ぐっと両の拳を握りしめました。全身の筋肉を連動させ、力を右腕の一点に集中させる――ツェルバルク流奥義「一点突破」!
「はぁっ!」
気合一閃。わたくしの拳が、石版の「弱点図」が描かれている部分の輪郭に沿って、寸分の狂いもなく叩き込まれました。
パキィィィン!という甲高い音と共に、黒曜石の石版に亀裂が走ります。わたくしは寸分の狂いもなく、図形の周囲を寸断し、見事、直径1メートスほどの円盤状にその部分だけをくり抜いてみせました。
腕に抱えた「攻略本(物理)」の重みは、心地よい達成感をわたくしに与えてくれます。
「ふふ、これで準備は万端ですわ。ラザルスが涙目でこの場所を訪れた時、ぽっかりと穴の空いた石版を見てどんな顔をするか、今から楽しみですわね!」
わたくしは鼻歌交じりに、くり抜いた石版の欠片を小脇に抱え、意気揚々と闇の中へと消えていきました。
この行動が、ラザルスの緻密な計画に、致命的かつ修復不可能な大穴を開けたことなど、知る由もありませんでした。
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